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Author:ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之

Title:ホモ・デウス 上下合本版 テクノロジーとサピエンスの未来

Date:木曜日 11月 22, 2018, 421 highlights

@64
何千年にもわたって不変だった。二〇世紀の中国でも、中世のインドでも、古代のエジプトでも、人々は同じ三つの問題で頭がいっぱいだった。すなわち、飢饉と疫病と戦争で、これらがつねに、取り組むべきことのリストの上位を占めていた。
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@83
今日、食べ物が足りなくて死ぬ人の数を、食べ過ぎで死ぬ人の数が史上初めて上回っている。感染症の死者数よりも、老衰による死者数のほうが多い。兵士やテロリストや犯罪者に殺害される人を全部合わせても、自ら命を絶つ人がそれを数で凌ぐ。
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@86
旱魃 やエボラ出血熱やアルカイダによる攻撃よりも、マクドナルドでの過食がもとで死ぬ可能性のほうがはるかに高い。
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@89
飢饉と疫病と戦争を本当に抑え込みつつあるのなら、何がそれらに替わって、人類が取り組むべき課題のリストの上位を占めることになるのか?
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@106
古代のエジプトや中世のインドでは深刻な旱魃に襲われると、人口の五パーセント、あるいは一割が亡くなることも珍しくなかった。
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@132
世界にはもはや、自然に発生する飢饉はなく、政治のせいで起こる飢饉があるのみだ。シリアやスーダンやソマリアの人々が飢え死にしたら、それはそうなることを望む政治家がいるせいなのだ。
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@163
肥満で亡くなった人は三〇〇万人以上いた(5)。
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@172
死者は七五〇〇万~二億を数え、ユーラシア大陸の人口の四分の一を超えた。イングランドでは一〇人に四人が亡くなり、
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@219
各国の人はみな、スペイン風邪をもらった。数か月のうちに、当時の地球人口の三分の一に当たる五億人が、このウイルスにやられて発病した。
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@313
バイオテクノロジーは私たちがバクテリアやウイルスを打ち負かすことを可能にしてくれるが、同時に、人間自体を前例のない脅威に変えてしまう。医師が新しい疾患を素早く突き止めて治療することを可能にしてくれる、まさにその手段が、軍やテロリストがさらに恐ろしい疾病や世界を破滅させる病原体を遺伝子工学で作ることも可能にしかね
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@334
糖尿病で亡くなった人は一五〇万を数えた( 23)。今や砂糖のほうが火薬よりも危険というわけ
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@338
核兵器のおかげで、超大国の間の戦争は集団自殺という狂気の行為
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@340
以前は、富の主な源泉は、金鉱や麦畑や油田といった有形資産だった。それが今日では、富の主な源泉は知識だ。そして、油田は戦争で奪取できるのに対して、知識はそうはいか
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@353
これまでの世代は、戦争が一時的に行なわれていない状態を平和と考えていた。だが今日、私たちは、戦争が起こりそうもない状態を平和と捉えて
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@370
核兵器というテクノロジーがこの平和を可能にしたのだが、それと同じように、今後さらにテクノロジーが発展し、新しい種類の戦争の舞台が整うかもしれない。
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@372
サイバー戦争は、小国や非国家主体にさえ超大国と効果的に戦う能力を与え、世界の安定を損ないかね
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@381
チェーホフの法則をも打ち破ってきた。アントン・チェーホフは、劇の第一幕に登場した銃は第三幕で必ず発射されるという有名な言葉を残して
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@391
テロは真の力にアクセスできない人々が採用した、弱さに端を発する戦略だ。少なくとも過去には、重大な物的損害を引き起こすよりも恐れを蔓延させることで効果をあげてきた。
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@394
テロリストに殺害された人は、世界で七六九七人で、そのほとんどが開発途上国の人だ( 25)。平均的なアメリカ人やヨーロッパ人にとっては、アルカイダよりもコカ・コーラのほうがはるかに深刻な脅威なの
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@398
テロというのは、本質的には見世物
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@400
国家は特定の人々の集団をまるごと迫害したり、外国を侵略したりして、テロの脅威に対して派手な力の誇示を演出し、安全を印象づける見世物によってテロという出し物に反応せざるをえ
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@402
テロに対するこの過剰な反応は、私たちの安全にとって、テロリストそのものよりもはるかに大きな脅威と
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@437
経済成長と生態系の安定性の一方を選ばざるをえない時が来ると、政治家やCEOや有権者はほぼ確実に成長を
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@442
何かを成し遂げたときに人間の心が見せる最もありふれた反応は、充足ではなくさらなる渇望だ。
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@447
前例のない水準の繁栄と健康と平和を確保した人類は、過去の記録や現在の価値観を考えると、次に不死と幸福と神性を標的とする可能性が
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@506
昨今はもっと率直に意見を述べ、現代科学の最重要事業は死を打ち負かし、永遠の若さを人間に授けることである、と明言する科学者が、まだ少数派ながら増えて
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@510
グーグルはその一年後、「死を解決すること」を使命として表明するキャリコという子会社を設立した(
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@514
グーグル・ベンチャーズは二〇億ドルのポートフォリオの三六パーセントを生命科学のスタートアップ企業に投資して
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@526
社会経済的な平等は流行後れとなり、不死がもてはやされるだろ
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@540
彼らはいつまでも生きていられる。だとすれば、彼らは史上最も不安な人々となるだろ
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@542
私たちはヒマラヤ山脈に登りに行くし、海で泳ぐし、通りを渡ったり外食したりといった危険なことを他にも多くする。だが、もし自分が永遠に生きられると思っていたら、無限の人生をそんなことに賭けるのは馬鹿げて
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@549
寿命が一五〇年の女性を想像してほしい。四〇歳で結婚しても、まだ一一〇年残っている。その結婚生活が一一〇年続くと見込むのは、果たして現実的だろうか?
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@552
女性が一二〇歳になった頃には、子育てに費やした年月ははるか昔の思い出と化し、長い人生におけるかなり小さなエピソードにすぎなくなる。そのような状況下では、どんな親子関係が新たに発展するかは予想がつか
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@572
私自身の見るところでは、二一世紀中に永遠の若さを手に入れるという希望は時期尚早で、その実現に期待をかけ過ぎている人は誰であれ、苦い失望を味わうことになるだろう。自分がいずれ死ぬことを知りながら生きるのは楽ではないが、不老不死になれると信じていて、それが間違っていることがわかったら、なお
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@583
現代の医学はこれまで私たちの自然な寿命を一年たりとも延ばしてはいない。医学の最大の功績は、私たちが 早死にするのを防ぎ、寿命を目いっぱい享受できるようにしてくれたこと
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@609
人々は幼い頃から、永遠に生きたいという欲望を抑え込むことを自らに教え込んだり、代用の目標を目指すことでその欲望を満たそうとしたりした。人々は永遠に生きたいので、「不滅」の交響曲を作曲したり、戦争で「永遠の栄光」のために奮戦したり、魂が「楽園で永久に続く至福を楽しむ」ことができるように命を犠牲にしたりさえ
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@618
死を免れる正真正銘のチャンスがあるといったん考えるようになったら、生きたいという欲望は、ガタの来た芸術やイデオロギーや宗教の荷馬車を引き続けることを拒み、雪崩のように猛然と突き進むだろう。
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@624
歴史上のあらゆる戦争や衝突は、私たちの行く手に待ち構えている真の戦い、すなわち、永遠の若さを得るための戦いと比べれば、ほんの前触れにすぎなかったということになりかね
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@643
先進工業国は、教育、医療、福祉の巨大な制度を打ち立てていったが、これらの制度は、個人の健全な生活を保証することよりもむしろ、国を強化することを目指すものだっ
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@663
アメリカの独立宣言が保証しているのは、幸福 追求 の権利であって、幸福になる権利そのものでは
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@679
人々は何を望んでいるのか? 生産したいとは思っていない。幸せになることを望んでいるのだ。
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@683
あなたは、非常に生産的であっても不満なシンガポール人になりたいだろうか? それとも、生産性は低いが満ち足りたコスタリカ人になりたいだろうか?
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@693
人は簡単には幸せになれないのだ。私たちは過去数十年間に前例のない成果をあげてきたにもかかわらず、現代の人々が昔の先祖たちよりもはるかに満足しているかどうかは、およそ明白とは言えない。それどころか、伝統的な社会と比べて先進諸国のほうが繁栄していて、快適で、安全であるにもかかわらず、自殺率がずっと高いというのは不穏な兆候
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@707
今日の平均的なアメリカ人は、自分の胃袋ばかりではなく自動車、コンピューター、冷蔵庫、テレビなどのために、毎日二二万八〇〇〇キロカロリーを消費
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@709
平均的なアメリカ人は、石器時代の平均的な狩猟採集民の六〇倍近いエネルギーを使っているわけだ。だが、平均的なアメリカ人は六〇倍も幸せだろう
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@726
私たちの幸福感は謎めいたガラスの天井にぶち当たり、前例のない成果をどれだけあげようとも、増すことができないように見える。
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@731
心理的レベルでは、幸福は客観的な境遇よりもむしろ期待にかかっている。私たちは平和で裕福な生活からは満足感が得られない。それよりも、現実が自分の期待に添うものであるときに満足する。あいにく、境遇が改善するにつれ、期待も
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@735
私たちの期待と幸福の両方が、経済的状況や社会的状況や政治的状況ではなく、生化学的作用によって決まる。エピクロスによれば、私たちは快感を経験していて不快感がないときに幸福だと
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@744
種々の生命科学によれば、幸福と苦しみはそれぞれ、さまざまな身体的感覚どうしの異なるバランス以外の何物でもないと
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@767
心の深部は、サッカーや仕事については何も知らない。そうした部分が知っているのは感覚だけ
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@778
私たちの生化学系は、無数の世代を経ながら、幸福ではなく生存と繁殖の機会を増やすように適応してきた。生化学系は生存と繁殖を促す行動には快感で報いる。だがその快感は、束の間しか続かない。いわば、次から次へと買わせるための販売戦略のようなものにすぎ
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@814
幸福へのカギは、競争でも金メダルでもなく、興奮と落ち着きを適度に組み合わせることかもしれ
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@816
幸福は自分の生化学系によって決まるとしたら、永続的な満足を確保するには、この系を操作するより他に道は
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@822
多くの学童が、リタリンのような興奮剤を服用して
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@825
もともとの目的は注意力の障害を治療することだっ
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@826
今日では、完全に健康な子供たちが成績を上げ、しだいに高まる教師や親の期待に添うために、その種の薬剤を使用して
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@842
生化学的作用の操作による幸福の追求は、世界における犯罪の最大の原因ともなっている。二〇〇九年、アメリカの連邦刑務所の囚人の半数は薬物のせいで
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@853
国家は、「悪い」操作と「良い」操作を区別し、生化学による幸福の追求を統制することを望んでいる。その原理は明快だ。政治の安定や社会秩序や経済成長を増進する生化学的操作は許され、奨励さえさ
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@865
個人の満足を人間社会の最高の目的と見なすのは見当違いだ、と主張する人もいるだろう。また、幸福がたしかに至高の善であることには同意するものの、幸福とは快感の経験であるという生物学的な定義に異議を唱える人もいるだろう。
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@1028
ロボットの反乱で皆殺しになったりはしない。むしろ、ホモ・サピエンスは一歩一歩自分をアップグレードし、その過程でロボットやコンピューターと一体化して
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@1072
私たちが何か途方もない未知のものに向かってどれほど速く突き進んでいるかに気づき、死によってさえその未知のものから守ってもらえそうに
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@1094
治療とアップグレードの間に、明確な境界線はない。医療はほとんどの場合、標準未満に落ちかけている人を救うところから始まるが、それに使う道具やノウハウはその後、その標準を上回るためにも利用され
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@1115
誰もがDNAの中に有害な変異や、最適とは言えない対立遺伝子を持っている。有性生殖は 籤 引きに等しい(
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@1156
どんなアップグレードも当初は治療として正当化さ
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@1167
デザイナーベビーはいつの日かテクノロジーの面では実現可能になるかもしれないが、それは人を殺して臓器を摘出するのが可能なのと同じようなもので、大々的に行なわれることはないだろ
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@1199
人間に関連した物事が展開する過程は、私たちの予測に反応する。それどころか、その予測が優れているほど、より多くの反応を引き起こす。したがって、逆説的な話だが、データを多く集め、演算能力を高めるほど、突飛で意外な出来事が起こる。私たちは知れば知るほど、予測ができなく
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@1226
これが歴史の知識のパラドックスだ。行動に変化をもたらさない知識は役に立たない。だが、行動を変える知識はたちまち妥当性を失う。
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@1253
私たちは一人残らず、特定の歴史的現実の中に生まれ、特定の規範や価値観に支配され、特定の政治経済制度に管理されている。そして、この現実を当たり前と考え、それが自然で必然で不変だと思い込んでいる。
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@1260
歴史を学ぶ目的は、私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。
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@1262
私たちをここまで導いてきた偶然の出来事の連鎖を目にすれば、自分が抱いている考えや夢がどのように形を取ったかに気づき、違う考えや夢を抱けるようになる。
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@1284
大邸宅の玄関前を飾るこぎれいな芝生は、誰にも模造できないステータスシンボルだった。
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@1326
何か斬新なものを考えたりするのもまたあなたの自由だ。歴史を学ぶ最高の理由がここにある。すなわち、未来を予測するのではなく、過去から自らを解放し、他のさまざまな運命を想像するためだ。
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@1349
高齢者病棟ですでに見ることができる。人命は神聖であるという、妥協の余地のない人間至上主義の信念のせいで、私たちは「このどこが神聖なのか?」と問わざるをえない哀れな状態に至るまで人を生き続けさせる。
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@1356
不死と至福と神性は私たちの課題リストの上位を占めているように見えるかもしれない。だが、これらの目標の到達に近づいたら、その結果として生じる大変動の数々のせいで、私たちは道を逸れ、まったく違う終着点へ向かう恐れがある。
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@1370
超人的な知能を持つサイボーグが普通の生身の人間をどう扱うか、みなさんは知りたいだろうか? それなら、人間が自分より知能の低い仲間の動物たちをどう扱うかを詳しく調べるところから始めるといい。
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@1393
振り返ってみると、ファラオの失墜や神の死は、どちらも好ましい展開だった。人間至上主義の破綻もまた、有益かもしれない。人がたいてい変化を怖がるのは、未知のものを恐れるからだ。
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@1405
他の動物たちにしてみれば、人間はすでにとうの昔に神になっている。
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@1423
今日、世界の大型動物(体重が数キログラムを超えるもの)の九割以上が、人間か家畜だ。
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@1516
セム語派のほとんどの言語で、「イヴ」は「ヘビ」を意味する。あるいは、「メスのヘビ」という意味さえ持つ。
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@1538
家畜化された種は、種全体としては無比の成功を収めたものの、その代償として、個体としては空前の苦しみを味わう羽目になっ
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@1589
ハムレットとオムレットと名づけた二頭のブタが鼻先で特製のレバーを操作できるように訓練した。すると二頭はほどなく、単純なコンピューターゲームの学習と実行で霊長類と肩を並べられるようになることがわかった(
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@1614
ブタが情動を持つと考えても、彼らを擬人化することにはならない。なぜなら、情動は人間ならではの特性ではないからだ。情動はあらゆる哺乳動物(そして鳥類のすべてと、おそらく一部の爬虫類、さらには魚類までも)が共有して
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@1619
情動は生化学的なアルゴリズムで、すべての哺乳動物の生存と繁殖に不可欠
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@1671
体全体が計算機なのだ。私たちが感覚や情動と呼ぶものは、じつはアルゴリズムにほかなら
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@1674
計算の結果は感情として
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@1694
人生でもとりわけ重要な選択も含め、私たちが下す決定の九九パーセントは、感覚や情動や欲望と呼ばれるじつに精密なアルゴリズムによってなさ
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@1733
哺乳動物は食べ物だけでは生きられないのだ。彼らは情動的な絆も必要として
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@1784
有神論の宗教は偉大な神々を神聖視すると考えている。だが、その宗教が人間をも神聖視していることは忘れがちだ。
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@1800
神々は作物や家畜を守り、生産高を増やし、それと引き換えに、人間は収穫を神と分かち合わなければならなかった。この取り決めは当事者の双方にとって都合が良かったが、それ以外の生態系が割を食う羽目になった。
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@1803
二〇〇九年には二五万頭もの動物が生贄としてガディマイに捧げられ、
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@1827
聖書は、ホモ・サピエンスが犯した罪に対する罰として、あらゆる動物を滅ぼしてもまったく差し支えないと考えている。
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@1855
ヒンドゥー教では、牛が神聖視され、牛肉を食べることは禁じられているが、酪農業を正当とする究極の根拠も与えられている。牛は気前の良い生き物なので、乳を人間と分かち合いたいと明確に切望しているというのだ。
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@1937
現代の科学が感染症と病原体と抗生物質の秘密を解明してしまうと、工業化された檻や囲いや小屋の実現が可能になった。
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@1941
私たちは突然、いわゆる「下等な生き物」の運命に、今までにない関心を見せている。それはひょっとすると、私たち自身が「下等な生き物」の仲間入りをしそうだからかもしれない。
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@1946
AIのほうが優れた知能と力を持っているにもかかわらず、それがけっして許されるべきでないとしたら、人間がブタを搾取したり殺したりするのがどうして倫理に適うのか? 人間には高い知能と大きな力に加えて、何らかの不思議な 輝き があり、そのおかげで、ブタやニワトリ、チンパンジー、コンピュータープログラムのどれとも一線を画しているのか? もしそうなら、その輝きはどこに由来するのか、そして、AIがそれを絶対に獲得しえないと私たちが確信しているのはなぜか?
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@1959
人間の命はブタやゾウやオオカミの命よりもはるかに価値があるとも考えたがる。だが、果たしてそれが正しいかは、それほど明白ではない。
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@1960
人間の集団のほうがブタの集団よりも強力だから、人間の命はブタの命よりも貴重なのか? アメリカはアフガニスタンよりもはるかに強力だ。それならば、アメリカ人の命はアフガニスタン人の命よりも本質的な価値が大きいことになるのだろうか?
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@1975
ブタやその他の動物は魂を持たないので、この壮大なドラマには参加しない。彼らはほんの数年生きるだけで、それから死んで無に帰する。
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@1979
人間には不滅の魂があるが、動物はただの儚い肉体にすぎないという信念は、私たちの法律制度や政治制度や経済制度の大黒柱だ。この信念によって、たとえば、人間が食物のために動物を殺したり、さらにはたんなる楽しみのためにさえ殺したりしても、まったく差し支えない理由の説明がつく。
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@1995
ホモ・サピエンスが神の介入をいっさい受けずに、自然選択だけによって進化したと考えるアメリカ人はわずか一五パーセントしかおらず、
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@1997
四六パーセントが、まさに聖書に書かれているとおり、過去一万年間のある時点で、神が人間を現在の形で創造したと信じているという。大学で数年学んでも、こうした見方にはまったく影響が出ない。
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@2015
相対性理論に腹を立てる人がいないのは、この理論は私たちが大切にしている信念のどれとも矛盾しないからだ。
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@2018
それとは対照的に、ダーウィンは私たちから魂を奪った。
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@2045
進化論は魂という考えを受け容れられない──少なくとも「魂」が、分割することのできない、不変の、不滅かもしれないものを指しているとしたら。そのようなものは、漸進的な進化からは生じえない。
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@2059
魂の存在は進化論と両立しえない。
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@2064
心は魂とは完全に別物だ。心は神秘的な不滅のものではない。目や脳のような器官でもない。心は、苦痛や快楽、怒り、愛といった主観的経験の流れだ。
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@2148
厖大な数の水分子が空で集まれば、私たちはそれを雲と呼ぶが、雲の意識が出現して、「雨を降らせたい気分だ」などと告げることはない。それならば、何十億もの電気信号が私の脳の中を動き回ると心が出現し、「頭にきた!」と感じるのはどうしたわけか? 二〇一六年の時点で、私たちには見当もつかない。
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@2169
皮肉にも、この過程をうまく叙述するほど、意識的な感情を説明するのが 難しく なる。脳をよく理解するほど、しだいに心が余分に思えてくる。
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@2176
筋肉の動きやホルモンの分泌を含めて、身体的活動の九九パーセントが意識的な感情をまったく必要とせずに起こる。それならばなぜ残る一パーセントの場合に、ニューロンや筋肉や腺にはそのような感情が必要なのか?
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@2194
どの電子も、前に別の電子が動いたから動くのなら、なぜ私たちは恐れを経験する必要があるのか? 私たちには手掛かりの一つすらない。
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@2252
心も科学のゴミ箱に放り込まれた魂や神やエーテルの仲間入りをするべきかもしれないのではないか?
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@2259
死後も魂が存在し続けるという話はとても興味深く、慰めとなるので、喜んで信じたい気もするが、それが真実であるという直接の証拠を私は一つも持っていない。
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@2266
政治や倫理の体系は主観的経験の上に成り立っており、脳の活動にだけ注目して解決できる倫理的ジレンマはほとんどない。
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@2268
強姦されたりするときには、脳の中で特定の生化学的反応が起こり、さまざまな電気信号が一群のニューロンから別の一群のニューロンへと伝わっているわけだ。そのどこが悪いなどと言えるのか? 現代人の大半が拷問や強姦について倫理的嫌悪感を抱くのは、そこに主観的経験がかかわっているからだ。
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@2276
意識は複雑な神経ネットワークの発火によって生み出される、一種の心的汚染物質だ。意識は何もしない。ただそこにあるだけであるというのだ。もしこれが正しければ、何億年にもわたって無数の生き物が経験してきた苦痛や快楽は、ただの心的汚染物質にすぎないことになる。これはたとえ正しくないとしても、たしかに一考に値する。だが、二〇一六年の時点で現代科学が提供できる意識の仮説のうち、これが最高のものであるとは、なんと驚くべきことだろう。
—-

@2302
もっとも、コンピューターには何の感覚も欲求もないというのは本当に確かなのだろうか? そして、コンピューターはたとえ現時点では感覚も欲求も持たないとしても、十分複雑になったら、意識を発達させるかもしれないのではないか? もしそれが起こったら、私たちはどうやって確かめればいいのか?
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@2323
私たちは人間の意識のシグネチャーを突き止められ、そうしたシグネチャーを使って人間には本当に意識があると「証明する」ことができる。だが、もしAIが自分には意識があると自己報告したら、私たちはそれを鵜吞みにするべきなのだろうか?
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@2326
私たちは自分以外の人に心があると、反論の余地がないまでに証明することはけっしてできない。
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@2335
もしかしたら、今は二二一六年で、あなたは退屈したティーンエイジャーであり、原始的で胸躍る二一世紀初頭の世界をシミュレートする「バーチャル世界」のゲームに夢中になっているのかもしれない。この筋書きの実現可能性が少しでもあると認めれば、数学によってなんとも恐ろしい結論へと導かれる。現実の世界は一つしかないのに対して、考えうるバーチャル世界の数は無限なので、あなたがその唯一の現実の世界に暮らしている確率はゼロに近い。
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@2349
数学者アラン・チューリングが考案した。彼は同性愛者であったが、当時のイギリスでは同性愛は違法だった。一九五二年、チューリングは同性愛行為のかどで有罪とされ、化学的去勢処置を強制的に受けさせられた。二年後、彼は自殺した。
—-

@2355
チューリングによれば、コンピューターは将来、一九五〇年代の同性愛者とちょうど同じようになるという。コンピューターに現実に意識があるかどうかは関係ない。肝心なのは、人々がそれについてどう思うかだけなのだ。
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@2378
決定的なテストが開発されるのは何十年も先かもしれない。それまでは、誰が立証責任を負うべきなのか? 犬は、意識があることが立証されるまでは、心を持たない機械と考えるのか、誰かが説得力ある反証を見つけるまでは、意識ある生き物として犬を扱うのか?
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@2433
冬に備えて木の実を隠すリスは、前の冬に感じた空腹を本当に思い出しているのでもなければ、将来について考えているのでもない。束の間の衝動に従っているだけで、その衝動の由来や目的は念頭にない。だから、まだ冬を越したことがなく、冬を覚えているはずのない幼いリスたちでさえ、夏と秋に木の実を隠しておくのだ。
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@2544
知能をどう定義しようと、知能も道具の製作もそれだけではサピエンスによる世界征服を説明できないことは明白そのものだからだ。知能の定義はたくさんあるが、その大半に従えば、人間は一〇〇万年前にはすでに、当時の動物のなかで最も知能が高く、道具製作の世界チャンピオンでもあったはずなのに、実際には相変わらず取るに足りない生き物でしかなく、周囲の生態系にはほとんど影響を及ぼしていなかった。
—-

@2557
石を先端につけた槍でマンモスを狩る段階から、宇宙船で太陽系を探索する段階まで進んだが、それは進化のおかげで手先が器用になったり脳が大きくなったりしたからではない(
—-

@2567
ハチは非常に高度な形で協力するが、社会体制を一夜にして作り変えることはできない。巣が新たな脅威あるいは機会に直面しても、ハチはたとえば女王バチをギロチンにかけて共和制国家を打ち立てることはできない。  ゾウやチンパンジーなどの社会的な哺乳動物は、ハチよりもはるかに柔軟に協力するが、それは少数の仲間や家族の間に限られている。
—-

@2574
無数の見知らぬ相手と非常に柔軟な形で協力できるのはサピエンスだけだ。
—-

@2580
歴史を通して、統制の取れた軍隊が、まとまりのない大軍を楽々打ち破り、結束したエリート層が無秩序な大衆を支配してきた。
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@2677
私たちだけが大勢で柔軟に協力できるから、サピエンスがこの世界を支配しているのだとすれば、人間は神聖であるという私たちの信念が崩れてしまう。
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@2682
偉業は大規模な協力の結果なのだから、なぜそのせいで個々の人間を崇めなくてはならないかは、およそ明白ではない。
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@2705
サピエンスが(敵対的なもの、好色なもののどちらでも)密接な関係を結べる相手は一五〇人が限度であることが、調査でわかっている(
—-

@2733
私たちが不公平な申し出を拒むのは、そのような申し出をおとなしく受け容れる人は石器時代には生き延びなかったためだ。
—-

@2735
ほとんどの集団は平等主義の傾向が非常に強く、ある狩猟者が丸々と太ったシカを持ち帰ったら、誰もがそのお裾分けにあずかれる。これはチンパンジーにも当てはまる。
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@2748
人は本来、平等主義であり、不平等な社会は憤りや不満のせいで、けっしてうまく機能しない。
—-

@2751
人間の大集団の振る舞いを観察すると、完全に異なる現実が見えてくる。人間の王国や帝国のほとんどははなはだ不平等だったが、それでもその多くが驚くほど安定していて効率的だった。
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@2771
一〇〇万人から成る二つの集団を対象に、一〇〇〇億ドルを分ける実験を行なったら、いったいどんな結果になるだろうか?  彼らはきっと、奇妙でなんとも面白いダイナミクスを目撃したことだろう。
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@2780
脅しと約束は、安定した人間のヒエラルキーと大規模な協力のネットワークを生み出すのにしばしば成功する──人々が、そうしたヒエラルキーやネットワークは、人間のただの気まぐれな思いつきではなく、必然的な自然の摂理あるいは神の神聖な命令を反映していると信じているかぎりは。大規模な人間の協力はすべて、究極的には想像上の秩序を信じる気持ちに基づいている。
—-

@2787
サピエンス全員が同じ物語を信じているかぎり、彼らは同じ規則に従うので、見知らぬ人の行動を予測して、大規模な協力のネットワークを組織するのが簡単になる。サピエンスはターバンや顎鬚やビジネススーツといった、視覚的目印をしばしば使って、「あなたは私を信頼できる。私はあなたと同じ物語を信じているから」と合図する。
—-

@2833
貨幣が共同主観的現実であることを受け容れるのは比較的易しい。たいていの人は、古代ギリシアの神々や邪悪な帝国や異国の文化の価値観が想像の中にしか存在しないことも喜んで認める。ところが、 自分たちの 神や 自分たちの 国や 自分たちの 価値観がただの虚構であることは受け容れたがらない。
—-

@2836
私たちは、自分の人生には何らかの客観的な意味があり、自分の犠牲が何か頭の中の物語以上のものにとって大切であると信じたがる。とはいえ、じつのところ、ほとんどの人の人生には、彼らが互いに語り合う物語のネットワークの中でしか意味がない。
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@2840
なぜ有意義に思えるのか? それは、親もそれが有意義だと考えているし、兄弟や近所の人、近くの町の人々、さらには遠い異国の住人までそう考えているからだ。では、なぜこれらの人々はみな、それが有意義だと考えるのか? それは、彼らの友人や隣人たちも同じ見方をしているからだ。人々は絶えず互いの信念を強化しており、それが無限のループとなって果てしなく続く。互いに確認し合うごとに、意味のウェブは強固になり、他の誰もが信じていることを自分も信じる以外、ほとんど選択肢がなくなる。
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@2845
それでも、何十年、何百年もたつうちに、意味のウェブがほどけ、それに代わって新たなウェブが張られる。歴史を学ぶというのは、そうしたウェブが張られたりほどけたりする様子を眺め、ある時代の人々にとって人生で最も重要に見える事柄が、子孫にはまったく無意味になるのを理解することだ。
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@2914
歴史はこのように展開していく。人々は意味のウェブを織り成し、心の底からそれを信じるが、遅かれ早かれそのウェブはほどけ、後から振り返れば、いったいどうしてそんなことを真に受ける人がいたのか理解できなくなる。後知恵をもってすれば、天国に至ることを期待して十字軍の遠征に出るなど、愚の骨頂としか思えない。今考えれば、冷戦は狂気の極みだ。三〇年前、共産主義の天国を信じていたがゆえに、核戦争による人類の破滅の危険を喜んで冒す人々がいたとは、どういうことか? そして今から一〇〇年後、民主主義と人権の価値を信じる私たちの気持ちもやはり、私たちの子孫には理解不能に思えるかもしれない。
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@2930
サピエンスが発明した共同主観的現実はますます強力になり、今日では世界を支配している。チンパンジーやゾウ、アマゾンの熱帯雨林、北極の氷河は、二一世紀を生き延びられるだろうか? それは欧州連合や世界銀行といった、私たちが共有する想像の中だけに存在するものの願望や決定次第だ。
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@2947
北朝鮮と韓国があれほど異なるのは、ピョンヤンの人がソウルの人とは違う遺伝子を持っているからでもなければ、北のほうが寒くて山が多いからでもない。北朝鮮が、非常に異なる虚構に支配されているからだ。
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@3111
想像上の存在がものを建設したり人を支配したりすると考えるのは、奇妙に思えるかもしれない。だが今日、私たちは日頃から、アメリカが世界初の核爆弾を製造したとか、中国が三峡ダムを建設したとか、グーグルが自動走行車を造っているとか言っている。それならば、ファラオが貯水池を造ったとか、セベクが運河を掘ったとか言ってもおかしくないではないか。
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@3154
中国政府が一九五八年に受け取った年間穀物生産高の報告は、現実の五割増しだった。政府はその報告を鵜吞みにし、武器や重機と引き換えに、何百万トンもの米を外国に売却し、それでも自国民を養うだけの量は残ると思い込んでいた。ところがその結果、史上最悪の飢饉が起こり、何千万もの中国人が命を落とした(
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@3208
今日のアフリカ諸国が直面する問題の多くは、国境がほとんど意味を成さないことに由来する。
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@3216
成績というのは比較的新しい発明だ。狩猟採集民は成果を採点されることはなかったし、農業革命から何千年も過ぎてからでさえ、厳密な成績をつける教育機関はほとんどなかった。
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@3236
エイブラハム・リンカーンは、すべての人をずっと 騙し通すことはできないと言っている。残念ながら、それは考えが甘い。実際には、人間の協力ネットワークの力は、真実と虚構の間の微妙なバランスにかかっている。もし誰かが現実を歪め過ぎると、その人は力が弱まり、物事を的確に見られる競争相手に歯が立たない。その一方で、何らかの虚構の神話に頼らなければ、大勢の人を効果的に組織することができない。だから、虚構をまったく織り込まずに、現実にあくまでこだわっていたら、ついてきてくれる人はほとんどいない。
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@3251
政府はその紙切れで税を払うことを国民に強制する権力を持っているので、国民は紙幣をある程度は手に入れるよりしかたがない。その結果、紙幣は本当に価値を持つようになり、
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@3287
両親が、二人ともそれぞれ自分の問題や願望を持つ独自の人間であることや、子供のせいで離婚したのではないことを何度説明しても、その子には理解できない。彼は何事も自分のせいで起こると固く信じている。ほとんどの人は、この子供じみた妄想から抜け出す。だが、一神教の信者は死ぬまでその妄想にしがみついている。自分のせいで両親が争っているのだと考えている子供と同じで、一神教の信者は自分のせいでペルシア人がバビロニア人と戦っていると確信しているのだ。
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@3309
アメリカの大統領が就任の宣誓を行なうときには、片手を聖書の上に置く。同様に、アメリカとイギリスを含め、世界の多くの国では法廷の証人は、真実を、すべての真実を、そして真実だけを述べることを誓うときに、片手を聖書の上に置く。これほど多くの虚構と神話と誤りに満ちた書物にかけて真実を述べると誓うとは、なんと皮肉なことだろう。
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@3313
私たちは虚構のおかげで上手に協力できる。だが、それには代償が伴う。そのような虚構によって、私たちの協力の目標が決まってしまうのだ。
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@3344
一八五〇年に、中国の農民やマンチェスターの工員は、祖先の狩猟採集民よりも長時間働いており、仕事は肉体的にきつく、精神的な満足感が小さく、食物は栄養のバランスが悪く、衛生状態は比べ物にならないほど悪化しており、感染症ははるかに頻繁に見られ
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@3353
人間の協力ネットワークを評価するときには、すべてはどのような基準と観点を採用するかにかかってくる。ファラオ時代のエジプトは、生産高で評価するのか、それとも栄養で、あるいは社会的調和で評価するのか? 貴族階級に的を絞るのか、それとも一介の農民、あるいはブタやワニに注目するのか? 歴史は単一の物語ではなく、無数の異なる物語なの
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@3357
人間の協力ネットワークはたいてい、自らが生み出した基準を使って自らを評価し、驚くまでもないが、自らに高い点数をつける。
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@3359
人間のネットワークは通常、自らの成功を、その想像上のものの観点から評価する。宗教は、神の戒律を字義どおりに守っていれば成功しているのであり、国家は国益を拡大していれば輝かしいのであり、企業はたっぷり利益をあげていれば繁栄しているの
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@3363
あるものが現実のものかどうかは、どうすればわかるだろう? とても単純だ。「それが苦しむことがありうるか?」と自問しさえすればいい。人々がゼウスの神殿を焼き払っても、ゼウスは苦しまない。ユーロは価値が下がっても苦しまない。
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@3369
戦争の原因は虚構であっても、苦しみは一〇〇パーセント現実だ。だからこそ、虚構と現実を区別するべきなの
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@3374
物語は道具にすぎない。だから、物語を目標や基準にするべきではない。私たちは物語がただの虚構であることを忘れたら、現実を見失ってしまう。すると、「企業に莫大な収益をもたらすため」、あるいは「国益を守るため」に戦争を始めてしまう。企業やお金や国家は私たちの想像の中にしか存在しない。私たちは、自分に役立てるためにそれらを創り出した。それなのになぜ、気がつくと それら のために自分の人生を犠牲にしている
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@3378
二一世紀にはこれまでのどんな時代にも見られなかったほど強力な虚構と全体主義的な宗教を生み出すだろ
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@3387
物語をむやみに信じたせいで、人間の努力はしばしば、現実の生きとし生けるものの暮らしを向上させるのではなく、神や国家といった虚構の存在の栄光を増すために向けられることになった。
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@3405
老化を防いだり、幸せのカギを見つけたりできるようになるだろうから、人々は虚構の神や国家や企業への関心を失い、代わりに物理的現実や生物学的現実の解明に的を絞るのではない
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@3410
科学は共同主観的な現実を打ち砕くどころか、共同主観的な現実が客観的現実と主観的現実をかつてないほど完全に制御することを可能にするだろう。
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@3427
宗教は迷信と同一視することはできない。なぜなら、大半の人は自分が最も大切にしている信念を「迷信」とは呼びそうにないからだ。
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@3441
人間の法や規範や価値観に超人間的な正当性を与える網羅的な物語なら、そのどれもが宗教だ。
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@3473
自由主義者も、共産主義者も、現代の他の主義の信奉者も、自らのシステムを「宗教」と呼ぶのを嫌う。
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@3567
科学者は世界がどう機能するかを研究するが、人間がどう行動するべきかを決めるための科学的手法はない。
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@3597
イヌイットの集団によれば、人の命は赤ん坊に名前がつけられたときにようやく始まるという。赤ん坊が生まれると、家族はしばらく名前をつけない。赤ん坊に身体的な異常があったり、一家が経済的に困窮したりしているために、その赤ん坊を育てないことにしたら、殺してしまう。だが、命名式の前であれば、これは殺人とは見なされない(
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@3655
二〇一三年一二月二〇日、ウガンダの議会は反同性愛法を可決した。同法は同性愛行為を犯罪化し、一部の行為は終身刑で罰することを定めていた。
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@3679
手短に言えば、聖書は、記述していると称する出来事が起こってから何世紀も後に、それぞれ異なる書き手によって書かれた、おびただしい文書の集成であり、これらの文書が単一の聖なる書物にまとめられたのは、聖書時代のずっと後になってからのことだった。
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@3705
現時点で最善の科学知識によれば、「レビ記」に見られる同性愛行為の禁止は、古代エルサレムの少数の聖職者と学者の偏見を反映しているにすぎないことになる。
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@3724
一部の哲学者は、人間の価値観の中には事実に関する言明が つねに 隠されているので科学はつねに倫理的ジレンマを解決できると主張するようになった。人間はみな、苦しみを最小化し、幸福を最大化するという単一の至高の価値観を持っており、したがって倫理的な議論はすべて、幸福を最大化する最も効率的な方法にまつわる、事実に関する議論だとハリスは考えている(5)。
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@3737
意識の神秘を解明しないかぎり、私たちは幸福と苦しみの普遍的測定法を開発できないし、違う人どうしの幸福と苦しみを比較する方法もわからない。ましてや、異なる種の間での比較など論外だ。一〇億の中国人が安価な電力を享受するときに生み出される幸福は何単位なのか? イルカの種が一つ絶滅するときに生じる苦難は何単位なのか? それどころか、そもそも幸福と苦難は足したり引いたりできる数理的なものなのか? アイスクリームを食べるのは楽しい。真の愛を見つけるのはもっと楽しい。だが、もしアイスクリームをたくさん食べれば、快感が積み重なって、真の愛がもたらす歓喜と肩を並べうるだろうか?
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@3759
当時のパリやロンドンに行けば、そこには宗教的な過激主義が満ちあふれ、支配的な宗派に属している人しか住めなかった。ロンドンではカトリック教徒が殺され、パリではプロテスタントが殺され、ユダヤ教徒はとうの昔に追い出されており、正気の人ならイスラム教徒を迎え入れることなど夢にも思わなかった。
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@3763
歴史を科学と宗教の闘争として描くのが慣習になっている。理屈の上では、科学と宗教はともに何よりも真理に関心があり、それぞれ異なる真理を擁護するので、必ず衝突する定めにある。ところが、じつは科学も宗教も真理はあまり気にしないので、簡単に妥協したり、共存したり、協力したりさえできる。
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@4232
契約全体を一文にまとめることができる。すなわち、人間は力と引き換えに意味を放棄することに同意する、というものだ。
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@4270
現代の取り決めは、人間に途方もない誘惑を、桁外れの脅威と抱き合わせで提供する。私たちは全能を目前にしていて、もう少しでそれに手が届くのだが、足下には完全なる無という深淵がぽっかり口を開けている。
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@4290
資金が乏しかったのは、当時は信用に基づく経済活動がほとんどなかったからだ。なぜなかったかと言えば、経済が成長すると人々が信じていなかったからで、成長を信じなかったのは、経済が停滞していたからだ。こうして、停滞が停滞を招いていた。
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@4343
キリスト教やイスラム教のような伝統的な宗教は、既存のパイを再分配するか、あるいは、天国というパイを約束するかし、現在の資源の助けを借りて人類の問題を解決しようとした。
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@4371
今日、ヒンドゥー教の信仰復興推進者や信心深いイスラム教徒、日本の国家主義者、中国の共産主義者は、まったく異なる価値観や目標を固守することを宣言しているかもしれないが、その誰もが、経済成長こそ、本質的に違うおのおのの目標を実現するカギであると信じるに至っている。
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@4389
過去にはそうではなかった。インドのマハーラージャやオスマン帝国のスルタン、鎌倉幕府の将軍、漢王朝の皇帝は、自らの政治的命運を賭けて経済成長を保証することは、まずなかった。モディやエルドアン、安倍、中国の習近平国家主席が揃って自分の政治生命を経済成長に賭けているという事実は、成長が世界中でほとんど宗教のような地位を獲得したことを物語っている。実際、経済成長の信奉を宗教と呼んでも間違っていないのかもしれない。
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@4415
ソフトウェアエンジニアリングを専門とする人と高齢者の介護に時間を捧げる人の両方がいるときには、より多くのソフトウェアを作り、より多くの専門的介護を高齢者に提供できることは間違いない。とはいえ、経済成長は家族の絆よりも重要だろうか?
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@4417
自由市場資本主義は大胆にもそのような倫理的判断を下すことによって、科学の領域から境界線を越えて宗教の領域へと足を踏み入れたのだ。
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@4419
ほとんどの資本主義者は宗教というレッテルを嫌うだろうが、資本主義は宗教と呼ばれてもけっして恥ずかしくはない。天上の理想の世界を約束する他の宗教とは違い、資本主義はこの地上での奇跡を約束し、そのうえそれを実現させることさえある。
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@4423
資本主義は、人々が経済を、あなたの得は私の損というゼロサムゲームと見なすのをやめて、あなたの得は私の得でもあるという、誰もが満足する状況と見るように促すことで、全世界の平和に重要な貢献をしたことに疑問の余地はない。
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@4476
原材料とエネルギーは量に限りがあり、使えば使うほど残りが少なくなる。それに対して、知識は増え続ける資源で、使えば使うほど多くなる。実際、手持ちの知識が増えると、より多くの原材料とエネルギーも手に入る。
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@4495
私たちには、資源の欠乏という問題を克服する可能性が十分ある。現代の経済にとって真の強敵は、生態環境の崩壊だ。科学の進歩と経済の成長はともに、脆弱な生物圏の中で起こる。
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@4515
北京のインターナショナルスクールは、さらに一歩先を行き、テニスコート六面と運動場を覆う、総額五〇〇万ドルの巨大なドームを建設した。他の学校も後に続いており、中国の空気浄化市場は活況を呈している。
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@4532
生態環境の破綻が人間の 社会階級 ごとに違う結果をもたらしかねないことも憂慮するべきだ。
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@4533
災難が人々を襲うと、貧しい人のほうが豊かな人よりもほぼ必ずはるかに苦しい目に遭う。
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@4556
未来の科学者たちが今はまだ知られていない地球の救出法を発見するだろうという前提に基づいて人類の将来を危険にさらすのは、どれほど道理に適っているのだろう?
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@4560
もし状況がいよいよ悪化し、科学者が大洪水を防げなくても、依然として技術者が、高いカーストにはハイテクのノアの方舟を造れるだろう。
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@4562
ハイテクの方舟信仰は今、人類と生態系全体の将来にとって大きな脅威の一つになっている。ハイテクの方舟で助かると信じている人々には、グローバルな生態環境を任せるべきではない。死んだ後に天国に行けると信じている人々に核兵器を与えるべきではないのと同じ理屈だ。
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@4599
パイの大きさが決まっているときには、社会の調和は自制を拠り所としていた。飽くことを知らぬ欲は悪だった。ところが、近代に入ると世の中は逆転した。平衡状態は混沌よりもはるかに恐ろしく、貪欲は成長を促すので善なる力であると、近代の世界は人間の集団に確信させた。こうして人々は近代以降、より多くを望むことを奨励され、強欲を抑えてきた昔ながらの規律は廃された。
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@4627
市場の手は目に見えないだけではなく盲目でもあり、単独では人間社会に資することはありえなかっただろう。事実、田舎の市場でさえ、神や王や教会か何かの手助けがなければ、維持できないだろう。裁判所や警察まで、あらゆるものが売りに出されたら、信頼は消え失せ、信用は跡形もなくなり、商業は立ち行かなくなる(
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@4631
人類を救出したのは需要と供給の法則ではなく、革命的な新宗教、すなわち人間至上主義の台頭だった。
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@4643
神の死は社会の崩壊につながらなかった。もし人間が宇宙の構想を信じなくなったら、法も秩序もすべて消えてなくなると、預言者や哲学者は歴史を通して主張してきた。ところが今日、全世界の法と秩序にとって最大の脅威は、神の存在を信じ、すべてを網羅する神の構想を信じ続けている人々にほかならない。神を恐れるシリアのほうが、非宗教的なオランダよりもはるかに暴力的な場所だ。
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@4710
結婚制度の変化も、これで部分的に説明がつく。中世には、結婚は神が定めた秘蹟と考えられていた。神はまた、自分の願望や利害に即して子供を結婚させる権限を父親に与えた。したがって浮気は、神の権威と親の権威の両方に対するあからさまな反抗だった。
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@4727
浮気について現代人の意見はさまざまだが、彼らはたとえどんな立場を取ろうと、聖典や神の戒律ではなく人間の感情の名において、その立場を正当化する傾向にある。
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@4744
面白いことに、今日では宗教の狂信者さえもが、世論に影響を与えたいときには、この人間至上主義の主張を採用する。
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@4758
暴力に訴えたテロリストたちを公然と非難したが、同時に、「世界中の何億というイスラム教徒の感情を傷つけた」として同紙も責めた(2)。同シンジケートが、同紙が神の思し召しに背いたと咎めてはいないことに注意してほしい。
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@4798
人間至上主義者のモットーは、「もしそれで気持ちが良いのなら、そうすればいい」だ。
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@4834
遺伝子操作は動物たちに大きな苦しみを引き起こしかねないという事実をアンダーソンに突きつけた。すでに今日でさえ、「能力を強化」された牛たちは、あまりに乳房が重いので、ろくに歩くことができず、「アップグレード」されたニワトリは、立ち上がることさえできない。だが、アンダーソン教授には確固たる答えがあった。「もとをたどれば、すべては個々の消費者にたどり着きます。消費者が肉にいくら払う気があるかという疑問に……現在の世界的な肉の消費レベルは、[能力を強化された]現代のニワトリ抜きではとうてい維持できないだろうことを、思い出さなければなりません……消費者が私たちにできるかぎり安い肉だけを求めていたら──消費者はそれを手にすることになるのです……消費者は自分にとって何がいちばん重要かを決める必要があります──価格か、何かそれ以外のものなのかを(3)」
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@4879
どちらにしても、権威の本当の源泉は私自身の感情だ。だから、神の存在を信じていると言っているときにさえも、じつは私は、自分自身の内なる声のほうを、はるかに強く信じているのだ。
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@4913
人間たちが自分に自信を持つようになると、倫理にまつわる知識を得るための新しい公式が登場した。 知識=経験×感性 だ。倫理にまつわるどんな疑問に対しても答えを知りたければ、自分の内なる経験と接触し、この上ないほどの感性をもってそれを観察する必要がある。
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@4942
人間至上主義の人生における最高の目的は、多種多様な知的経験や情動的経験や身体的経験を通じて知識をめいっぱい深めることだ。
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@4945
彼はまた、「人生に頂上は一つしかない──人間的なものをすべて味わい尽くしたときだ(4)」とも述べている。これは人間至上主義のモットーとしても十分通用するだろう。
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@4954
人間の感情や欲望や経験にこれほどの重要性を与えた文化はこれまでなかった。人生は経験の連続であるという人間至上主義の見方は、観光から芸術まで、現代のじつに多くの産業の基盤を成す神話となった。旅行業者やレストランのシェフは、航空券やホテルや豪勢なディナーを売っているのではない。彼らは斬新な経験を売っているのだ。
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@5046
人々は戦争を眺めるときには、神や皇帝、将軍、偉大な英雄を目にした。だが過去二世紀の間に、王や将軍はしだいに脇へ押しやられ、スポットライトは一兵卒やその経験に向けられるようになった。『
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@5133
民主的な選挙を行なっても助けにならない。誰がその選挙で投票できるのかという問題が出てくるからだ。ドイツ国民だけなのか、ドイツに移民したい何百万ものアジア人とアフリカ人も含めるのか? なぜ一つの集団の感情を別の集団の感情に優先させるのか?
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@5138
人が民主的な選挙の結果を受け容れる義務があると感じるのは、他のほとんどの投票者と基本的な絆がある場合に限られる。
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@5141
選挙は普通、共通の宗教的信念や国家の神話のような共通の絆をあらかじめ持っている集団内でしか機能しない。
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@5148
一九世紀の国家主義者は、個々の国の独自性を賛美した。彼らは、人間の経験の多くが共有されるものであることを強調した。ポルカは一人では踊れないし、ドイツ語を一人で発明して維持することもできない。それぞれの国は、単語、踊り、食べ物、飲み物を使い、国民が同じ経験をするように促し、その国特有の感性を発達させる。
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@5163
国家の内部でほかならぬ自国のアイデンティティの定義をめぐって根本的な対立が勃発したらどうなるのか? そんな場合には、民主的な選挙が万能の解決策になることはまずない。対立する陣営の双方が、結果を尊重する理由を持たないからだ。
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@5174
自由主義は一人ひとりの独自性と、その人の国の独自性を強調して、人の視線を自分の中へと向けるが、社会主義は、自分と自分の感情にばかり夢中になるのをやめ、他者がどう感じているかや自分の行動が他者の経験にどう影響するかに注意を向けることを要求する。
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@5181
自分の内なる自己を知ろうとしたら、おそらく何かしら資本主義の罠にはまるのが おち だと、彼らなら説明したはずだ。自分の現在の政治的な見方も、好き嫌いも、趣味や抱負も、真の自己を反映してはいない。むしろそれらは、自分の育ちや社会環境を反映しており、属する階級次第で、暮らしている地域や通っている学校によって形作られる。豊かな人も貧しい人も、生まれたときから洗脳される。豊かな人は貧しい人を無視するように教えられ、一方、貧しい人は自分の本当の関心を無視するように教えられる。どれだけ自分を見詰めても、どれだけサイコセラピーを受けても、役に立たない。なぜなら、サイコセラピストたちもまた、資本主義体制のために働いているからだ。
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@5202
自由主義の政治では有権者がいちばんよく知っており、自由主義の経済では顧客がつねに正しいのに対して、社会主義の政治では党がいちばんよく知っており、社会主義の経済では職種別組合がつねに正しい。
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@5206
進化論的な人間至上主義は、人間の経験の対立という問題に、別の解決策を持っている。ダーウィンの進化論という揺るぎない基盤に根差しているこの人間至上主義は、争いは嘆くべきではなく称賛するべきものだと主張する。争いは自然選択の原材料で、自然選択が進化を推し進める。人間に優劣があることには議論の余地がなく、人間の経験どうしが衝突したときには、最も環境に適した人間が他の誰をも圧倒するべきだ。
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@5211
ヨーロッパ人がアフリカ人を征服し、抜け目ない実業家が愚か者を破産に追いやるのは善いことだ。もしこの進化論的な論理に従えば、人類はしだいに強くなり、適性を増し、やがて超人が誕生するだろう。
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@5230
戦争の経験は人類を新しい業績へと押しやるというものだ。戦争は自然選択が思う存分威力を発揮することをついに可能にする。戦争は弱い者を根絶し、獰猛な者や野心的な者に報いる。戦争は生命にまつわる真実を暴き出し、力と栄光と征服を求める意志を目覚めさせる。ニーチェはそれを次のように要約している。戦争とは「生命の学校」であり、「私の命を奪わないものは私をより強くする」。
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@5276
ヒトラーは高級将校ではなく、四年間の戦争中、階級は兵長止まりだった。彼は正式な教育を受けておらず、専門的技能も持たず、政治的背景もなかった。
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@5278
初めはドイツ国籍さえなかった。彼は無一文の移民だったのだ。
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@5339
社会主義の熱狂的な支持者なら、音楽の真の価値は個々の聴き手の経験ではなく、他の人々の経験や社会全体の経験に対する影響で決まると説明するだろう。
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@5362
自由主義者はうっかり差別的な言動をするのを恐れて、文化比較の地雷原を用心深く避けて通り、社会主義者はこの地雷原を通り抜ける正しい道を見つけるのは党に任せておくのに対して、進化論的な人間至上主義者は大喜びで思い切り良くそこに飛び込み、地雷をすべて爆発させ、大混乱を楽しむ。
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@5391
自由主義は冷酷で搾取的で人種差別的な制度の隠れ蓑 だと社会主義者は主張した。自慢の「自由」は「資産」と読み替えるといい。気持ちが良いことをする個人の権利の擁護は、たいていの場合、中産階級と上流階級の資産と特権を保護することに等しい。好きな場所に住める自由があっても、家賃を払えないなら何の役に立つというのか? 興味があることを学ぶ自由があっても、学費を払う余裕がないなら何の役に立つというのか? 好きな所に出かける自由があっても、自動車を買えないなら何の役に立つというのか?
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@5395
自由主義の下では誰もが飢え死にする自由があるという、有名な当てこすりがある。
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@5400
人種差別主義者とファシストはともに、自然選択を台無しにして人類の退化を引き起こしたとして自由主義と社会主義の両方を責めた。もしあらゆる人間が等しい価値と、子孫を残す等しい機会を与えられたら、自然選択が機能しなくなってしまうと警告した。環境に最も適した人間が凡人の海に吞まれてしまい、人類は超人に進化する代わりに絶滅してしまう。
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@5417
戦時中、イギリスは五〇万、アメリカも五〇万の犠牲者を出したのに対して、ソ連の死者は二五〇〇万人にのぼった。
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@5428
一九六〇年代と七〇年代には、西側諸国の大学の多くでは、「自由主義」という単語は 罵り言葉になっていた。
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@5456
自由民主主義が救われたのは、核兵器があったからこそだ。
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@5485
自由主義は、競争相手の社会主義やファシズムからさまざまな考え方や制度を採用した。とくに、一般大衆に教育と医療と福祉サービスを提供する責務を受け容れた。
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@5514
神は死んだとニーチェが宣言してから一世紀以上過ぎた今、神は返り咲こうとしているように見える。だが、それは幻想にすぎない。神は 死んだ。ただ、その亡骸の始末に手間取っているだけだ。
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@5517
狂信者ははなはだ熱烈ではあるものの、二一世紀の世界を本当には理解しておらず、私たちの周り中で新しいテクノロジーが生み出している、今までにない危険や機会について、当を得たことは何も言えない
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@5527
農耕社会の神は狩猟採集社会の霊とは違ったのであり、工場労働者は農民とは違う楽園を夢見たのであり、二一世紀の革命的なテクノロジーは、中世の教義を復活させるよりも前代未聞の宗教運動を引き起こす可能性のほうがずっと高い
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@5530
時代のテクノロジーの現実から乖離してしまった宗教は、投げかけられる疑問を理解する能力さえ失う。AIがほとんどの認知的課題で人間を凌ぐようになったら、求人市場はどうなるのだろう? 経済的に無用の人々の新しい巨大な階級はどんな政治的影響を及ぼすのか? ナノテクノロジーと再生医療が今の八〇歳を五〇歳相当の年齢に変えたとき、人間関係や家族や年金基金はどうなるのか? バイオテクノロジーのおかげで親の望む特性を持つデザイナーベビーを誕生させ、豊かな人々と貧しい人々の間に前例のないほどの格差を生み出せるようになったら、人間社会に何が起こるのか?
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@5541
何億もの人がそれでもイスラム教やキリスト教やヒンドゥー教を信じ続けるかもしれない。だが歴史の中では、たんなる数にはたいして価値がない。歴史は過去に囚われた一般大衆ではなく先見の明のある少人数の革新者によって形作られることが多いからだ。一
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@5607
一九世紀半ばには、マルクスほど鋭い洞察力を持った人はほとんどいなかった。だから急速な工業化を遂げた国はわずかしかなかった。そして、これらの少数の国々が世界を征服した。
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@5616
二一世紀のテクノロジー、それもとくにバイオテクノロジーとコンピューターアルゴリズムの力を理解する必要がある。
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@5618
二一世紀の主要な製品は、体と脳と心で、体と脳の設計の仕方を知っている人と知らない人の間の格差は、ディケンズのイギリスとマフディーのスーダンの間の隔たりよりも大幅に拡がる。
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@5620
二一世紀には、進歩の列車に乗る人は神のような創造と破壊の力を獲得する一方、後に取り残される人は絶滅の憂き目に遭いそうだ。
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@5646
生物学者は避妊用ピルを発明したが、ローマ教皇はそれについてどうしていいかわからない。コンピューター科学者はインターネットを開発したが、ラビたちは正統派ユダヤ教徒がそれを使うのを許されるべきかどうか言い争う。
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@5650
二〇世紀の最も影響力のある発見や発明や創造物は何だったか? これは難しい質問だ。なぜなら、抗生物質のような科学的発見や、コンピューターのようなテクノロジー上の発明や、フェミニズムのようなイデオロギー上の創造物など、じつに多くの候補のリストから一つ選ぶのは至難の業だからだ。今度は次のように自問してほしい。二〇世紀にイスラム教やキリスト教のような伝統的宗教が成し遂げた、最も影響力のある発見や発明や創造は何だったか? これもまた難しい質問だ。なぜなら、選ぼうにも、候補がほとんどないからだ。二〇世紀に司祭やラビやムフティーが発見したもののうちに、抗生物質やコンピューターやフェミニズムと並べて挙げられるようなものがあるだろうか? この二つの質問をじっくり考えた上で、二一世紀の大きな変化はどこから生まれ出てくると思うか? イスラミックステート(イスラム国)からか、それともグーグルからか? たしかにイスラミックステートはYouTubeに動画をアップロードする方法を知ってはいるが、拷問産業を別とすれば、最近シリアやイラクからどんな新発明が出現したか?
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@5666
キリスト教の熱狂的な信者はどれほど進歩的であっても、フーコーやハラウェイから自らの倫理観を引き出したことを認められない。だから彼らは聖書や聖アウグスティヌスやマルティン・ルターに立ち戻り、徹底的に調べる。目を皿のようにして一ページ一ページ、一つの話から次の話へと読んでいく。そしてようやく、必要なものを見つける──思い切り独創的に解釈すれば、神が同性婚を祝福していることや女性も聖職位に就けることを意味する格言や寓話や裁定を。
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@5682
科学者が発見しているものと技術者が開発しているものは、自由主義の世界観に固有の欠点と、消費者と有権者の無知無分別の両方を、図らずも暴き出しかねない。
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@5689
人間至上主義の夢を実現しようとすれば、新しいポスト人間至上主義のテクノロジーを解き放ち、それによって、ほかならぬその夢の基盤を損なうだろうと主張する
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@5694
消費者と有権者は断じて自由な選択をしていないことに私たちがいったん気づいたら、そして、彼らの気持ちを計算したり、デザインしたり、その裏をかいたりするテクノロジーをいったん手にしたら、どうなるのか?
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@5696
もし全宇宙が人間の経験次第だとすれば、人間の経験もまたデザイン可能な製品となってスーパーマーケットに並ぶ他のどんな品物とも本質的に少しも違わなくなったときには、いったい何が起こるのだろう?
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@5721
人間には自由意志があると考えるのは、倫理的な判断では ない。
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@5730
サピエンスのブラックボックスを開けると、魂も自由意志も「自己」も見つからず、遺伝子とホルモンとニューロンがあるばかりで、それらはその他の現実の現象を支配するのと同じ物理と化学の法則に従っていた。
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@5736
殺人につながる脳の電気化学的プロセスは、決定論的か、ランダムか、その組み合わせのいずれかだ。だが、けっして自由ではない。
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@5747
科学的理解が及ぶかぎりでは、決定論とランダム性がケーキを山分けしてしまい、「自由」の取り分は一かけらすら残っていないようだ。じつは、「自由」という神聖な単語は、まさに「魂」と同じく、具体的な意味などまったく含まない空虚な言葉だったのだ。
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@5756
遺伝子のせいで、毒キノコを食べ、元気のないメスと交尾することを選択すれば、その遺伝子は途絶える。ところが、もし動物が、何を食べ、誰と交尾するかを「自由に」選んだら、自然選択には出る幕がない。
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@5758
科学的説明を突きつけられると、しばしばそれを軽くあしらい、自分は自由だと 感じている ことや、自分自身の願望や決定に従って行動していることを指摘する。それは正しい。人間は自分の欲望に即して振る舞う。もし「自由意志」とは自分の欲望に即して振る舞うことを意味するのなら、たしかに人間には自由意志がある。そして、それはチンパンジーも犬もオウムも同じだ。
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@5763
肝心の疑問は、オウムや人間が内なる欲望に従って行動できるかどうかではなく、 そもそもその欲望を選ぶことができるかどうか、だ。
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@5780
脳の神経活動を観察している科学者は、参加者が実際にスイッチを押すよりもずっと前に、そして、本人が自分の意図を自覚する前にさえ、どちらのスイッチを押すかを予測できる。
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@5785
私たちが自由意志の存在を信じている原因は、誤った論理にある。生化学的な連鎖反応のせいで私が右のスイッチを押したくなったとき、私は自分が本当に右のスイッチを押したいと感じる。
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@5789
私は自分の欲望を 選ぶ ことはない。私は欲望を 感じ、それに従って行動するにすぎない。
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@5808
もし私が本当に自分の考えや決定の主人なら、これから一分間、何も考えないことにできるだろうか?」
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@5813
ロボラットはありきたりのラットに一工夫加えたもので、脳の感覚野と報酬領域に電極を埋め込まれている。そのおかげで、科学者はリモートコントロールでラットを好きなように動かせる。
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@5825
ラットは自分が誰かに制御されているとは感じていないし、自分の意志に反して何かをすることを強要されているとも感じていない。タルワー教授がリモートコントロールのスイッチの一つを押すと、ラットは左に曲がることを 望む。
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@5888
発表された経頭蓋刺激装置研究のほとんどは、特別な状況下で作業をしているごく少人数のサンプルに基づいており、長期的な効果や危険はまったくわかっていない。とはいえ、もしこのテクノロジーが成熟すれば、あるいは、もし脳の電気的なパターンを操作する他の方法が見つかれば、そのせいで人間社会と人間はどうなるのか?
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@5895
ピアノの演奏を習得したいけれど、練習時間が来るたびにテレビを見ていたくなる? 大丈夫。ヘルメットを被って、適切なソフトウェアをインストールするだけで、ピアノを演奏したくて居ても立ってもいられなくなるから。
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@5897
頭の中の声を黙らせたり大きくしたりする能力は、じつは自由意志を損なうどころか強化する、と反論する人がいるかもしれない。
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@5902
自分には単一の自己があり、したがって、自分の真の欲望と他人の声を区別できるという考え方もまた、自由主義の神話にすぎず、最新の科学研究によって偽りであることが暴かれた。
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@5912
単一の本物の自己が実在するというのには、不滅の魂やサンタクロースや復活祭のウサギ〔訳註 復活祭に子供たちにプレゼントを持ってくるとされるウサギ〕 が実在するというのと同じ程度の信憑性しかない。
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@5952
いったい何が起こっていたのだろう? 発話を制御する左脳は雪景色についてのデータは持っていなかったので、左手がシャベルを指し示した理由が本当はわからなかった。だからもっともらしい話をさっさとでっち上げたのだ。ガザニガはこの実験を何度も繰り返した後、脳の左半球は言語能力の座であるばかりではなく、内なる解釈者の座でもあり、この解釈者が絶えず人生の意味を理解しようとし、部分的な手掛かりを使ってまことしやかな物語を考え出すのだと結論した。
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@5973
決定のどれを取っても、それを下しているような単独の自己が存在しないことを示している。むしろそれらの決定は、異なる、そして対立していることの多い内なる存在どうしの主導権争いの結果なのだ。
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@5992
記憶を検索し、物語を語り、大きな決定を下すのはみな、私たちの中の完全に違う存在、すなわち物語る自己の専売特許だ。物語る自己は、ガザニガの左脳の解釈者と似ている。たえず過去についてのほら話作りや、将来の計画立案にせっせと励んでいる。どんなジャーナリストや詩人や政治家とも同じで、物語る自己はしょっちゅう手っ取り早い方法を採用する。すべては語らず、たいていは印象深い瞬間や最終結果だけを使って物語を紡ぐ。経験全体の価値は、ピークと結末を平均して決める。
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@6000
物語る自己は持続時間には無頓着なので、二つの部分の長さが違うことにはまったく重きを置かない。
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@6020
物語る自己は経験を総計せず、平均するのだ。
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@6024
最悪の瞬間と最後の瞬間の平均しか覚えていないからだ。実際、物語る自己の観点に立てば、医師は検査の最後に鈍い痛みを伴う、完全に余計な時間を少し加えるべきだということになる。そうすれば、全体の記憶が心の痛手となる度合いが大幅に下がるからだ( 15)。
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@6028
後に、子供(あるいは犬)にお菓子をいくつか与える。物語る自己が医師のもとに行ったことを思い出したときには、最後の楽しい一〇秒間のおかげで、その前の何分にもわたる不安と痛みが帳消しになる。
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@6031
出産のときに経験する耐え難い苦痛を考えると、正気の女性なら一度それを味わったら二度と同じ目に遭うことに同意するはずがないと、人は思うかもしれない。ところが出産の最後とその後数日間に、ホルモン系がコルチゾールとベータエンドルフィンを分泌し、これらが痛みを和らげ、安堵感を生み出し、ときにはえも言われぬ喜びさえ引き起こす。そのうえ、赤ん坊に対して募る愛情と、家族や友人、宗教の教義、国家主義的なプロパガンダからの拍手喝采とが相まって、出産をトラウマから好ましい体験に変える。
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@6045
私たちの人生における重大な選択(パートナー、キャリア、住まい、休暇などの選択)の大半は、物語る自己が行なう。
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@6058
断食月 の間に断食するときと、健康診断のために食事を抜くときと、お金がなくて食べられないときとでは、空腹の経験の仕方が違う。物語る自己によって空腹の原因として挙げられた意味次第で、実際の経験も大幅に違ってくるのだ。
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@6065
私たちが「私」と言うときには、自分がたどる一連の経験の奔流ではなく、頭の中にある物語を指している。混沌としてわけのわからない人生を取り上げて、そこから一見すると筋が通っていて首尾一貫した作り話を紡ぎ出す内なるシステムを、私たちは自分と同一視する。
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@6089
矛盾するようだが、私たちは空想の物語のために犠牲を払えば払うほど執拗にその物語にしがみつく。その犠牲と自分が引き起こした苦しみに、ぜがひでも意味を与えたいからだ。
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@6091
政治の世界では、「我が国の若者たちは犬死にはしなかった」症候群として知られている。
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@6119
政治家が親たちに、息子さんはろくな理由もなく犠牲になりましたと告げるのは難しいものの、我が子が無駄な犠牲を払ったと親自身が認めるのははるかにつらい。そして、犠牲者にとってはなおさら困難だ。両脚を失って体が不自由になった兵士は、「両脚を失ったのは、身勝手な政治家たちを信じるほど私が馬鹿だったからだ」と言うよりも、「イタリアという永遠の国家の栄光のために自分を犠牲にしたのだ」と自分に言い聞かせたいだろう。
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@6124
幻想が苦しみに意味を与えてくれるからだ。
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@6142
罠にはまるのは政府だけではない。企業もうまく行かない事業に何百万ドルも投入することが多く、個人も破綻した結婚生活や将来性のない仕事にしがみつく。私たちの物語る自己は、過去の苦しみにはまったく意味がなかったと認めなくて済むように、将来も苦しみ続けることのほうをはるかに好む。
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@6145
私たちが過去の誤りを白状したくなれば、物語る自己は何かこじつけを工夫して筋書きを変え、そうした誤りに意味を持たせざるをえない。
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@6168
中世の十字軍戦士たちは、神と天国が彼らの人生に意味を与えてくれると信じていた。現代の自由主義者たちは、個人の自由な選択が人生に意味を与えてくれると信じている。だが、そのどちらも同じように、妄想にすぎない。
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@6173
人間は認知的不協和の扱いの達人で、研究室ではある事柄を信じ、法廷あるいは議会ではまったく違う事柄を信じるなどということを平気でやる。ダーウィンが『種の起源』を刊行した日にキリスト教が消えはしなかったのとちょうど同じで、自由な個人など存在しないという結論に科学者たちが達したからというだけで自由主義が消え失せることはない。
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@6184
自由主義は、「自由な個人などいない」という哲学的な考えによってではなく、むしろ具体的なテクノロジーによって脅かされている。私たちは、個々の人間に自由意志などまったく許さない、はなはだ有用な装置や道具や構造の洪水に直面しようとしている。民主主義と自由市場と人権は、この洪水を生き延びられるだろうか?
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@6200
自由主義が支配的なイデオロギーになったのは、たんにその哲学的な主張が最も妥当だったからではない。むしろ、人間全員に価値を認めることが、政治的にも経済的にも軍事的にもじつに理に適っていたからこそ、自由主義は成功したのだ。
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@6239
戦いには何日もかかり、戦争は何年も長引いた。ところが、サイバー戦争は数分で終わりうる。
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@6253
人間は何の役にも立たず、盾代わりに使うのがせいぜいかもしれない。すでに今日でも、敵対する陣営の間に大きな力の差がある紛争では、弱者の側の市民の大半が敵の高性能の兵器に対する人間の盾にされてしまう事実が多くを物語っている。
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@6265
ほとんどの場合、専制君主やクーデター後の軍事政権が自由主義化する気になったのは、道徳的理由ではなく経済的理由からだった。  二一世紀には、自由主義は自らを売り込むのがずっと難しくなるだろう。一般大衆が経済的重要性を失ったとき、道徳的理由だけで人権と自由が守れるだろうか?
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@6268
エリート層と政府は、経済的な見返りがなくなったときにさえ、一人ひとりの人間を尊重し続けるだろうか?
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@6271
コンピューターは当分、人間のようになりそうにない。とくに、コンピューターがすぐに意識を獲得して、情動や感覚を経験し始めることはなさそうだ。過去半世紀の間に、コンピューターの知能は途方もない進歩を遂げたが、コンピューターの意識に関しては一歩も前進していない。
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@6276
人間は経済的な価値を失う危機に直面している。なぜなら、知能が意識と分離しつつあるからだ。
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@6279
今では、そのような仕事を人間よりもはるかにうまくこなす、意識を持たない新しい種類の知能が開発されている。
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@6287
今までにない疑問が出てくる。知能と意識では、どちらのほうが本当に重要なのか?
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@6290
軍と企業にとっては答えは単純明快で、知能は必須だが意識はオプションにすぎない、なのだ。
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@6313
能力を強化されていない人間は、遅かれ早かれ完全に無用になると予測する経済学者もいる。
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@6331
イギリス人トレーダーが不正取引によってこの「フラッシュクラッシュ」を起こしたとして、二〇一五年に逮捕されている〕。
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@6344
噓をつくときに使う脳領域は、真実を語っているときに使う脳領域とは違うので、まだ実現してはいないが、そう遠くない将来、fMRIスキャナーがほぼ絶対確実な真実検知器として機能できるようになりうる。
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@6388
最近のある実験では、コンピューターアルゴリズムが、示された肺癌の症例のうち九割を正しく診断したのに対して、人間の医師の成功率は五割にすぎなかった(8)。
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@6398
ワトソンをうまく機能させるためにたとえ一〇〇〇億ドルかかるとしても、長い目で見れば、人間の医師を養成するよりもはるかに安上がりだろう。
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@6482
グーグル・ディープマインド社が開発したプログラムが、よく知られたアタリ社の四九のゲームのプレイの仕方を 独習 した。開発者の一人であるデミス・ハサビス博士は、「このシステムに与えた情報は、画面上の 生 の画素と、高得点を取らなくてはならないという考えだけでした。それ以外はすべて、自力で解決しなければなりませんでした」
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@6516
時が流れるとともに、人間をコンピューターアルゴリズムに置き換えるのは、ますます簡単になっている。それは、アルゴリズムが利口になっているからだけではなく、人間が専門化しているからでもある。太古の狩猟採集民は、生き延びるためにじつにさまざまな技能を身につけた。だから、ロボットの狩猟採集民を設計するのは途方もなく難しいだろう。
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@6522
ところが過去数千年の間、私たち人間はずっと専門化を進めてきた。タクシー運転手や心臓専門医は、狩猟採集民と比べて得意な分野が非常に限られているので、AIに置き換えやすいのだ。これまで繰り返し強調してきたように、AIは人間に似た存在には程遠い。だが、現代の仕事の大半をこなすには、人間の特性と能力の九九パーセントは余剰でしかない。
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@6539
アルゴリズムが人間を求人市場から押しのけていけば、富と権力は全能のアルゴリズムを所有する、ほんのわずかなエリート層の手に集中して、空前の社会的・政治的不平等を生み出すかもしれない。
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@6546
企業や国家のような共同主観的なものをすでに「法人」と認めている。トヨタやアルゼンチンは体も心も持っていないが、国際法に従わなくてはならず、土地やお金を所有でき、訴訟を起こすこともできれば、起こされることもありうる。私たちはほどなく、アルゴリズムにも同じような地位を与えるかもしれない。そのときには、アルゴリズムは人間の主人の思いどおりになる必要はなく、自ら巨大な輸送事業やベンチャーキャピタルファンドを所有できる。
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@6551
アルゴリズムは、正しい判断を下せば、巨万の富を蓄えることができ、それからそれを自分が適切だと思う形で投資し、ひょっとしたらあなたの家を買い上げ、家主になるかもしれない。あなたが家賃を払わなかったりして、そのアルゴリズムの法的権利を侵害したら、アルゴリズムは弁護士を雇ってあなたを相手に訴訟を起こすことができる。そのようなアルゴリズムが人間の資本家よりも優れた実績を一貫して残せば、アルゴリズムから成る上流階級がこの惑星のほとんどを所有するという結果になりかねない。
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@6556
地球のほとんどはすでに、人間ではない共同主観的なもの、すなわち国家と企業に合法的に所有されている。実際、五〇〇〇年前、シュメールの多くは、エンキやイナンナのような想像上の神々に所有されていた。もし神々が土地を所有し、人々を雇えるのなら、どうしてアルゴリズムにそれができないことがあるだろうか?
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@6563
生命科学によれば、芸術は何か神秘的な霊か超自然的な魂の産物ではなく、数学的パターンを認識する有機的なアルゴリズムの産物だという。もしそうなら、非有機的なアルゴリズムがそれを習得できない道理はない。
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@6598
二一世紀には、私たちは新しい巨大な非労働者階級の誕生を目の当たりにするかもしれない。経済的価値や政治的価値、さらには芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに何の貢献もしない人々だ。この「無用者階級」は失業しているだけではない。雇用不能なのだ。
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@6623
今日すでに、子供たちに何を教えればいいのか見当もつかない。現在子供たちが学校で習うことの大半は、彼らが四〇歳の誕生日を迎える頃にはおそらく時代後れになっているだろう。
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@6625
この伝統的なモデルは完全に 廃れ、人間が取り残されないためには、一生を通して学び続け、繰り返し自分を作り変えるしかなくなるだろう。
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@6631
必要とされない人々は、3Dのバーチャルリアリティの世界でしだいに多くの時間を費やすようになるかもしれない。その世界は外の単調な現実の世界よりもよほど刺激的で、そこでははるかに強い感情を持って物事にかかわれるだろう。とはいえ、そのような展開は、人間の人生と経験は神聖であるという自由主義の信念に致命的な一撃を見舞うことになる。
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@6653
自由主義が直面する第二の脅威は、経済と政治の制度は将来も依然として人間を必要とするにせよ、個人は必要としないというもの
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@6686
権威は個々の人間からネットワーク化されたアルゴリズムへと移る。
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@6690
私のことを私 以上に 知っていて、私よりも犯すミスの数が 少ない アルゴリズムがあれば十分だ。そういうアルゴリズムがあれば、それを信頼して、自分の決定や人生の選択のしだいに多くを委ねるのも理に適っている。  医学に関するかぎり、私たちはすでにそうしている。私たちは病院ではもう個人ではない。あなたが生きている間に、自分の体と健康についての重大な決定の多くは、IBMのワトソンのようなコンピューターアルゴリズムが下すようになる可能性が非常に高い。
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@6715
これがすでに宗教とは言わないまでもイデオロギーになっている人もいる。「 定量化された自己」運動は、自己は数学的パターン以外の何物でもないと主張する。
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@6743
医学は人を長く生かしておけるため、私たちの心や「本物の自己」が崩壊し、消滅することがありうる。モニターやコンピューターやポンプの集合によって、機能不全に陥った生物学的システムの集合の残骸が維持されていることがあまりに多い。
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@6751
BRCA1遺伝子に危険な変異を抱えていることを、遺伝子検査で確認済みだった。最近の統計調査によると、この変異を持っている女性は、乳癌になる確率が八七パーセントあるという。
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@6772
架空の)ABCD3遺伝子にも変異を抱えており、確率の評価を司る脳領域がその変異のせいで損なわれ、危険を過小評価するようになってしまっているとしたらどうだろう?
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@6778
アルゴリズムが反乱を起こして人間を奴隷にすることはない。むしろ、アルゴリズムは人間のために決定を下すのがとてもうまくなるので、その助言に従わないのは愚の骨頂だろう。
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@6787
人類の健康を増進したいという同様の願望のために、私たちの大半は、自分の私的な空間を守っている防壁を進んで取り払い、国家の官僚制と多国籍企業に自分の内奥へのアクセスを許すだろう。たとえばグーグルが私たちの電子メールを読んだり、活動を追ったりするのを許せば、グーグルは従来の保健医療サービスが気づく前に、感染症が流行しかけていることを私たちに警告できる。
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@6810
プライバシーの制約があるため、検索語だけを追っており、私的なメールを読むのは避けているという。だがすでに、従来の保健医療サービスよりも一〇日も早くインフルエンザの警報を鳴らすことができる( 29)。
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@6832
巨大な遺伝子データベースを最初に構築した企業が、顧客に最高の予測を提供することになり、市場を独占する可能性がある。アメリカのバイオテクノロジー企業は、自国のプライバシー保護法が厳しく、その一方で中国は個人のプライバシーを顧みないので、中国が遺伝子市場をやすやすと手に入れるのではないかと、しだいに懸念を深めている。
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@6863
生化学的アルゴリズムは、配偶者候補の全体的な格付けのうち、三五パーセントの重みをルックスに与えます。最新の研究と統計に基づく私のアルゴリズムは、恋愛関係の長期的成功に、ルックスはわずか一四パーセントの影響しか与えないと言っています。
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@6875
民主的な選挙のような自由主義の慣習は時代後れになる。なぜならグーグルが、私の政治的見解さえ、私自身よりも的確に言い表すことができるようになるからだ。
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@6879
私は前回の選挙以来、自分が感じたことや考えたことを本当に一つ残らず覚えてはいない、と生命科学は指摘する。そのうえ私は、プロパガンダや情報操作やランダムな記憶に次から次へとさらされ、選択を歪められている可能性が高い。カーネマンの冷水実験のときとちょうど同じで、政治の領域でも、物語る自己はピーク・エンドの法則に従う。出来事の大多数は忘れ、いくつかの極端な事例だけを記憶しており、また、最近起こったことをはなはだしく過大評価する。
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@6894
病気になると有権者はいつもより少しばかり右寄りになる
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@6899
グーグルのシステムはけっして私を完璧に知ることはないし、絶対確実にはならない。だが、そうなる必要はない。自由主義は、システムが私自身よりも私のことをよく知るようになった日に崩壊する。たいていの人は自分のことをあまりよく知らないのだから、本人よりもシステムのほうがその人のことをよく知るのは、見かけほど難しくはない。
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@6903
人間の性格や気質の判断に関して、今日すでにフェイスブックのアルゴリズムのほうが、当人の友人や親、配偶者と比べてさえ優っていることを示している。
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@6910
アルゴリズムは同僚の予測の精度を上回るためには、わずか一〇個の「いいね!」しか必要としなかった。そして、友人を上回るためには七〇個、家族を上回るためには一五〇個、配偶者を上回るためには三〇〇個あれば十分だった。言い換えると、もしあなたが自分のフェイスブックのアカウントで「いいね!」を三〇〇回クリックしていたら、フェイスブックはあなたの夫や妻よりも正確に、あなたの意見や欲望を予測できるのだ!
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@6921
将来の大統領選挙ではフェイスブックが、何千万ものアメリカ人がどんな政治的意見を持っているかばかりでなく、そのうちの誰が選挙結果を左右するかや、どうすれば彼らの意見を変えられるかさえも知りうるだろう
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@6924
均衡を崩すためにはそれぞれの候補が何を言う必要があるかを突き止めることができる。フェイスブックはこの貴重な政治的データをどうやって手に入れられるのか? 私たちがただで提供するのだ。
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@6926
ヨーロッパの帝国主義の全盛期には、征服者や商人は、色のついたガラス玉と引き換えに、島や国をまるごと手に入れた。二一世紀には、おそらく個人データこそが、人間が依然として提供できる最も貴重な資源であり、私たちはそれを電子メールのサービスや面白おかしいネコの動画と引き換えに、巨大なテクノロジー企業に差し出しているのだ。
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@6930
グーグルやフェイスブックなどのアルゴリズムは、いったん全知の巫女として信頼されれば、おそらく代理人へ、最終的には君主へと進化するだろう(
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@6949
誰もが同じ巫女を利用し、誰もがその巫女を信用しているときには、巫女は君主に変わる。だからウェイズは私たちのために考えなければならない。ひょっとするとウェイズは、運転者の半数にしかルート2号が空いていることを伝えず、残りの半数にはこの情報を伏せておくかもしれない。
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@6964
いったんコルタナが巫女から代理人に進化したら、今度はコルタナどうしが主人の代わりに直接話し合い始めるかもしれない。最初は私のコルタナがあなたのコルタナに連絡を取り、会う場所と時間を決めるといった、当たり障りのないところから始まりうる。ところがいつの間にか、私の雇用を考えている人が、わざわざ履歴書を送ってもらわなくていいから、自分のコルタナに、私のコルタナに詳しく質問をさせてほしいと言いだすかもしれない。
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@6989
今日、アメリカでは印刷された本よりも電子書籍を読む人のほうが多い。
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@7042
超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するシステムのために不可欠な仕事を行なうが、システムは彼らを理解することも管理することもできない。ところが、ほとんどの人はアップグレードされず、その結果、コンピューターアルゴリズムと新しい超人たちの両方に支配される劣等カーストとなる。
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@7049
自由主義の視点に立つと、ある人が億万長者で壮麗な大邸宅に住んでおり、別の人が貧しい農民で、藁の小屋に住んでいても、いっこうにかまわない。なぜなら自由主義に従えば、その農民ならではの経験もやはり、億万長者の経験とまさに同じぐらい貴重ということになるからだ。
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@7057
社会的不平等に対する自由主義の解決策は、全員のために同じ経験を生み出そうとするのではなく、異なる人間の経験に等しい価値を与えることだ。
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@7065
二〇一六年初めの時点で、世界の最富裕層六二人の資産を合わせると、最貧層の三六億人の資産の合計に匹敵する!
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@7066
世界の人口はおよそ七二億人だから、これら六二人の大富豪が集まれば、人類の下位半分の持つ資産の合計に匹敵する富を持っていることになる( 37)。
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@7070
豊かな人々は、歴史を通して社会的優越や政治的優越の恩恵にあずかってきたが、彼らを貧しい人々と隔てるような巨大な生物学的格差はなかった。中世の貴族は、自分たちの血管には優れた青い血が流れていると主張し、ヒンドゥー教のバラモンは、自分は生まれつき他の人々よりも賢いと断言したが、それはまったくの作り話だった。ところが将来は、アップグレードされた上流階級と、社会の残りの人々との間に、身体的能力と認知的能力の本物の格差が生じるかもしれない。
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@7071
中世の貴族は、自分たちの血管には優れた青い血が流れていると主張し、ヒンドゥー教のバラモンは、自分は生まれつき他の人々よりも賢いと断言したが、それはまったくの作り話だった。ところが将来は、アップグレードされた上流階級と、社会の残りの人々との間に、身体的能力と認知的能力の本物の格差が生じるかもしれない。
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@7080
二〇世紀の医学は、病人を治すことを目指していた。だが、二一世紀の医学は、健康な人をアップグレードすることに、しだいに狙いを定めつつある。
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@7087
二〇七〇年には、貧しい人々は今日よりもはるかに優れた医療を受けられるだろうが、それでも、彼らと豊かな人々との隔たりはずっと拡がることになる。人はたいてい、不運な祖先とではなく、もっと幸運な同時代人と自分を比較する。デトロイトのスラムの貧しいアメリカ人に、あなたは一世紀前の曾祖父母よりもはるかに優れた医療を受けられると言ったところで、その人の慰めにはなりそうに
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@7089
人はたいてい、不運な祖先とではなく、もっと幸運な同時代人と自分を比較する。
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@7098
国家もエリート層も、貧しい人に医療を提供することに関心を失っているかもしれないからだ。二〇世紀に医学が一般大衆のためになったのは、二〇世紀が大衆の時代だったからだ。二〇世紀の軍隊は何百万もの健康な兵士を必要とし、経済は何百万もの健康な労働者を必要とした。
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@7099
二〇世紀に医学が一般大衆のためになったのは、二〇世紀が大衆の時代だったからだ。二〇世紀の軍隊は何百万もの健康な兵士を必要とし、経済は何百万もの健康な労働者を必要とした。そのため、国家は公衆保健サービスを創設し、万人の健康と活力を確保した。医学上の最大の偉業は、大衆保健施設の設立と、集団予防接種活動と、集団感染の根絶だった。一九一四年に日本のエリート層が、貧しい人々に予防接種をしたり、貧民街に病院と下水設備を建設したりすることに熱心だったのは、日本を強力な軍隊と活発な経済を持つ大国にしたければ、何百万もの健康な兵士と労働者が必要だったからだ。
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@7112
一等車のエリート層は、世界の最先進国と肩を並べる水準の医療と教育と収入を享受している。ところが、三等車にぎゅうぎゅう詰めにされた何億もの一般市民は、蔓延する病気と無知と貧困に相変わらず苦しんでいる。今後一〇〇年間に、インドやブラジルやナイジェリアのエリート層は何をしたがるだろう?
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@7115
何億もの貧しい人々の問題を解決するために投資するだろうか? それとも、数百万の豊かな人々をアップグレードするために投資するだろうか? 貧しい人々が軍事的にも経済的にも不可欠なので、彼らの問題を解決することがエリート層の関心事だった二〇世紀と違い、二一世紀には無用の三等車を置き去りにして、一等車だけで突き進むのが(冷酷ではあるものの)最も効率的な戦略となりうる。
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@7136
社会主義が蒸気と電気を通しての救済を約束して世界を席巻したのとちょうど同じように、今後の数十年間に、新しいテクノ宗教がアルゴリズムと遺伝子を通しての救済を約束して世界を征服するかもしれない。
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@7145
テクノ宗教は、テクノ人間至上主義とデータ教という、二つの主要なタイプに分けられる。データ教によると、人間はこの世界における自分の任務を完了したので、まったく新しい種類の存在に 松明 を手渡すべきだという。
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@7152
ホモ・デウスは人間の本質的な特徴の一部を持ち続けるものの、意識を持たない最も高性能のアルゴリズムに対してさえ引けを取らずに済むような、アップグレードされた心身の能力も享受する。
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@7157
サピエンスは神々や企業を生み出し、都市や帝国を建設し、書字や貨幣を発明し、ついには原子を分裂させ、月に到達することができた。私たちの知るかぎりでは、驚天動地のこの革命は、サピエンスのDNAにおけるいくつかの小さな変化と、サピエンスの脳のほんのわずかな配線変更から生じた。だとすれば、私たちのゲノムにさらにいくつか変更を加え、脳の配線をもう一度変えるだけで、第二の認知革命を引き起こせるかもしれない、
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@7162
ホモ・サピエンスは共同主観的な領域へのアクセスを得て、地球の支配者になった。第二の認知革命では、ホモ・デウスは想像もつかないような新領域へのアクセスを獲得し、銀河系の主になるかもしれない。
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@7170
人間の心を改造するというのは、すこぶる複雑で危険な企てだ。第3章で論じたように、私たちは心というものを本当に理解してはいない。心がどのように現れるのかも、どのような機能を持っているのかもわかっていない。試行錯誤を通じて、さまざまな精神状態を生み出す方法を学んでいるが、そのような操作の影響の全貌が把握できることはめったにない。
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@7192
WEIRD〔訳註 「西洋の、高等教育を受けた、工業化された、裕福で、民主的な」という意味の英語の語句、「Western, educated, industrialised, rich and democratic」の頭文字を取った造語。ちなみに、小文字で綴った「weird」という単語があり、この単語は、「変な」「奇妙な」「気味の悪い」といった意味を持つ〕
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@7255
私たちはコウモリの体や反響定位のシステムやニューロンについていくらでもアルゴリズムが書けるが、そうしたところで、コウモリであるとはどういう 感じ なのかはわからない。
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@7331
現代の人間は、FOMO(見逃したり取り残されたりすることへの恐れ)に取り憑かれており、かつてないほど多くの選択肢があるというのに、何を選んでもそれに本当に注意を向ける能力を失ってしまった(6)。
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@7378
テクノロジーの進歩のおかげで、まさにその欲望を作り変えたり生み出したりできるようになったら、何が起こるのか?
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@7397
慌てて是非の判断を下さないほうがいい。自分自身に耳を傾けるようにという人間至上主義の勧めは、多くの人の人生を破綻させてきたのに対して、適切な化学物質の適量の服用は、何百万もの人の幸福を増進し、人間関係を改善してきた。
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@7400
現代の精神医学によれば、多くの「内なる声」や「本物の願望」は生化学的な不均衡と神経疾患の産物にほかならないという。
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@7440
テクノ人間至上主義は、ここでどうしようもないジレンマに直面する。テクノ人間至上主義は、人間の意志がこの世界で最も重要なものだと考えているので、人類を促して、その意志を制御したりデザインし直したりできるテクノロジーを開発させようとする。つまるところ、この世で最も重要なものを思いのままにできるというのは、とても魅力的だから。とはいえ、万一そのように制御できるようになったら、テクノ人間至上主義には、その能力を使ってどうすればいいのかわからない。なぜならそのときには、神聖な人間もまた、ただのデザイナー製品になってしまうからだ。
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@7448
あらゆる意味と権威の源泉として、欲望と経験に何が取って代わりうるのか?
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@7460
データ至上主義はこれら二つをまとめ、まったく同じ数学的法則が生化学的アルゴリズムにも電子工学的アルゴリズムにも当てはまることを指摘する。データ至上主義はこうして、動物と機械を隔てる壁を取り払う。
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@7462
ゆくゆくは電子工学的なアルゴリズムが生化学的なアルゴリズムを解読し、それを超える働きをすることを見込んでいる。
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@7465
音楽学から経済学、果ては生物学に至るまで、科学のあらゆる学問領域を統一する、単一の包括的な理論だ。データ至上主義によると、ベートーヴェンの交響曲第五番と株価バブルとインフルエンザウイルスは三つとも、同じ基本概念とツールを使って分析できるデータフローのパターンにすぎないという。
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@7481
生き物はアルゴリズムで、キリンもトマトも人間もたんに異なるデータ処理の方法にすぎないという考え
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@7487
この見方によれば、自由市場資本主義と国家統制下にある共産主義は、競合するイデオロギーでも倫理上の教義でも政治制度でもないことになる。本質的には、競合するデータ処理システムなのだ。
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@7509
ニューヨーク・タイムズ」紙の見出しが大多数の株価に与える影響を株式市場が見極めるのに必要な取引時間は、わずか一五分と推定されている(3)。
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@7511
データ処理の観点から考えてみれば、資本主義者がより低い税金を支持する理由も説明できる。税金が高いというのは、利用可能な資本のかなりの部分が一か所、つまり国庫に集まり、結果としてますます多くの決定が単一の処理者、すなわち政府によってなされざるをえないことを意味する。
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@7516
自由市場では、ある処理者が判断を誤ったら、ほかの処理者がすぐにその間違いに乗ずるだろう。ところが単一の処理者がほぼすべての決定を下す場合には、ミスを犯せば大惨事になりうる。
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@7536
資本主義が共産主義を打ち負かしたのは、資本主義のほうが倫理的だったからでも、個人の自由が神聖だからでも、神が無信仰の共産主義者に腹を立てたからでもない。そうではなくて、資本主義が冷戦に勝ったのは、少なくともテクノロジーが加速度的に変化する時代には、分散型データ処理が集中型データ処理よりもうまくいくからだ。
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@7570
制度は政治がテクノロジーよりも速く進む時代に発展した。一九世紀と二〇世紀には、産業革命がゆっくりと進展したので、政治家と有権者はつねに一歩先行し、テクノロジーのたどる道筋を統制し、操作することができた。ところが、政治の動きが蒸気機関の時代からあまり変わっていないのに対して、テクノロジーはギアをファーストからトップに切り替えた。今やテクノロジーの革命は政治のプロセスよりも速く進むので、議員も有権者もそれを制御できなくなっている。
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@7585
政府というカメはテクノロジーというウサギに追いつけない。
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@7588
世界で何が起こっているかを一政府がこれほどよく知っていたことは歴史上かつてないが、それでも、現代のアメリカほどしくじりを重ねた帝国はほとんどない。
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@7592
テクノロジーが政治を出し抜く。AIとバイオテクノロジーは間もなく私たちの社会と経済を──そして体と心も──すっかり変えるかもしれないが、両者は現在の政治のレーダーにはほとんど捕捉されていない。
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@7620
議会も独裁者もとうてい処理が追いつかないデータに圧倒されている。まさにそのために、今日の政治家は一世紀前の先人よりもはるかに小さなスケールで物事を考えている。結果として、二一世紀初頭の政治は壮大なビジョンを失っている。政府はたんなる管理者になった。国を管理するが、もう導きはしない。政府は、教師の給与が遅れずに支払われ、下水道があふれないことを請け合うが、二〇年後に国がどうなるかは見当もつかない。  これは、見ようによってはとても良いことだ。二〇世紀の大きな政治的ビジョンのいくつかがアウシュヴィッツや広島や大躍進政策へとつながったことを考えると、私たちは狭量な官僚の管理下にあったほうがいいのかもしれない。
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@7633
私たちの未来を市場の力に任せるのは危険だ。なぜならその力は、人類や世界にとって良いことでなく、市場にとって良いことをするからだ。
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@7637
億万長者の小さなグループが密かに世界を動かしているというのだ。だが、そのような陰謀説はけっして成立しない。現在の体制の複雑さを過小評価しているからだ。
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@7640
億万長者や小さな利益団体が今日の混沌とした世界で成功しているのは、彼らには他の人よりも状況がよく読めるからではなく、彼らの狙いがごく限られているからだ。混沌としたシステムでは視野が狭いほうが有利に働くし、億万長者の権力は彼らの目標と厳密に釣り合っている。世界でも有数の富裕な実業家がさらに一〇億ドル儲けたいと思ったときには、そのために現在のシステムを容易に出し抜ける。それに対して、世界の不平等を是正したい、あるいは地球温暖化を止めたいと思ったら、彼らでさえできないだろう。現在のシステムがあまりにも複雑だからだ。
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@7651
データ至上主義の視点に立つと、人類という種全体を単一のデータ処理システムとして解釈してもいいかもしれない。
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@7698
民主主義と自由市場が勝利したのは、それらが「善い」からだと考えることが多い。
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@7705
人類が単一のデータ処理システムだとしたら、このシステムはいったい何を出力するのだろう? データ至上主義者なら、その出力とは、「すべてのモノのインターネット」と呼ばれる、新しい、さらに効率的なデータ処理システムの創造だと言うだろう。この任務が達成されたなら、ホモ・サピエンスは消滅する。
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@7712
データ至上主義によると、人間の経験は神聖ではないし、ホモ・サピエンスは、森羅万象の頂点でもなければ、いずれ登場するホモ・デウスの前身でもない。人間は「すべてのモノのインターネット」を創造するためのたんなる道具にすぎない。「すべてのモノのインターネット」はやがては地球という惑星から銀河系全体へ、そして宇宙全体にさえ拡がる。この宇宙データ処理システムは神のようなものになるだろう。至る所に存在し、あらゆるものを制御し、人類はそれと一体化する定めにある。
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@7721
レイ・カーツワイルの預言の著書のタイトル『シンギュラリティは近い
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@7725
人間はニワトリよりどこが優れているだろう? それは、人間の中では情報がはるかに複雑なパターンで流れるということにすぎない。
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@7729
もし人間よりさらに多くのデータを取り入れ、さらに効率的に処理できるデータ処理システムを創り出せたなら、そのシステムのほうが人間よりも優れていることになりはしないだろうか? ニワトリより人間が優れているのとまさに同じように。
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@7738
冷蔵庫は棚の卵の数をモニターし、補充が必要になったら鶏舎に知らせるようになる。自動車は連絡を取り合い、密林の木々は天気や二酸化炭素濃度を報告する。この世界のどんな部分も生命の壮大なウェブから切り離されたままにしてはいけない。
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@7748
情報の自由と、昔ながらの自由主義の理想である表現の自由を混同してはならない。
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@7749
表現の自由は人間に与えられ、人間が好きなことを考えて言葉にする権利を保護した。これには、口を閉ざして自分の考えを人に言わない権利も含まれていた。それに対して、情報の自由は人間に与えられるのではない。 情報 に与えられるのだ。
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@7750
情報の自由は人間に与えられるのではない。 情報 に与えられるのだ。
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@7751
この新しい価値は、人間に与えられている従来の表現の自由を侵害するかもしれない。人間がデータを所有したりデータの移動を制限したりする権利よりも、情報が自由に拡がる権利を優先するからだ。
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@7776
資本主義者が、良いことはすべて経済成長にかかっていると信じているのとちょうど同じで、データ至上主義者は、経済成長も含めて、良いことはすべて情報の自由にかかっていると信じている。
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@7803
人間至上主義の科学は個人の研究者を賛美し、どんな学者も自分の名前が「サイエンス」誌や「ネイチャー」誌に掲載される論文の執筆陣の先頭を飾ることを夢見る。だが最近は、 みんな の不断の協力によって生み出される、芸術的創造物や科学的創作物が増え続けている。ウィキペディアを書いているのは誰か?
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@7807
個人は、誰にもよくわからない巨大なシステムの中で、小さなチップになってきている。
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@7818
グローバルなデータ処理システムが全知全能になっていくと、このシステムにつながることがすべての意味の源になる。人はデータフローと一体化したがる。データフローの一部になれば、自分よりもはるかに大きいものの一部になるからだ。
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@7822
データ教は、次のように言う。あなたの言動のいっさいは大量のデータフローの一部で、アルゴリズムが絶えずあなたを見守り、あなたのすること、感じることすべてに関心を持っている、と。たいていの人はそれがとても気に入っている。熱狂的な信者にしてみれば、データフローと切り離されたら人生の意味そのものを失う恐れがある。
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@7824
熱狂的な信者にしてみれば、データフローと切り離されたら人生の意味そのものを失う恐れがある。何かをしたり味わったりしても、誰もそれを知らないとしたら、また、グローバルな情報交換に提供するものがないとしたら、何の意味があるだろう。
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@7827
人間至上主義によれば、経験は私たちの中で起こっていて、私たちは起こることすべての意味を自分の中に見つけなければならず、それによって森羅万象に意味を持たせなければならないことになる。一方、データ至上主義者は、経験は共有されなければ無価値で、私たちは自分の中に意味を見出す必要はない、いや、じつは 見出せない と信じている。私たちはただ、自らの経験を記録し、大量のデータフローにつなげさえすればいい。
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@7832
二〇年前、日本人旅行者は万人の笑い種 になっていた。いつもカメラを携えて目にしたものをすべて写真に撮っていたからだ。だが、今では誰もが同じことをしている。インドに行ってゾウを目にしたら、ゾウを眺めて、「私は何を感じているか?」と自問したりしない。スマートフォンを出してゾウの写真を撮り、フェイスブックに投稿し、その後は自分のアカウントを二分おきにチェックして「いいね!」をどれだけ獲得したかを見るのに忙しいからだ。自分しか読まない日記を書くのはこれまでの世代の人間至上主義者にとっては普通のことだったが、多くの現代の若者にはまるで意味がないことのように思える。
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@7840
データ至上主義には、新しい単純な答えがある。人間の経験それ自体は、オオカミやゾウの経験より少しも優れてなどいない。ある一ビットのデータの価値は別の一ビットのデータの価値と変わらない。とはいえ人間は、自分の経験を詩やブログに書いてネットに投稿し、それによってグローバルなデータ処理システムを豊かにできる。だからこそ人間のデータは価値を持つ。オオカミにはそれができない。したがって、オオカミの経験は、人間のものと同じぐらい深遠で複雑であったとしても、価値を持たない。私たちが自分の経験をデータに変換するのに忙しいのもうなずける。これは流行の問題ではない。生き延びられるかどうかの問題なのだ。私たちは自分自身やデータ処理システムに、自分にはまだ価値があることを証明しなければならない。そして価値は、経験することにあるのではなく、その経験を自由に流れるデータに変えることにある。
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@7845
私たちが自分の経験をデータに変換するのに忙しいのもうなずける。これは流行の問題ではない。生き延びられるかどうかの問題なのだ。私たちは自分自身やデータ処理システムに、自分にはまだ価値があることを証明しなければならない。
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@7871
私たちは人間のデータ処理システムをアップグレードしようとするかもしれないが、それでは十分ではないだろう。「すべてのモノのインターネット」は、あまりにも大量で急速なデータフローをほどなく生み出すかもしれないので、アップグレードされた人間のアルゴリズムでさえ対処できないだろう。自動車が馬車に取って代わったとき、私たちは馬をアップグレードしたりせず、引退させた。ホモ・サピエンスについても同じことをする時が来ているのかもしれない。
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@7905
今日ほとんどのデータ至上主義者は、「すべてのモノのインターネット」は人間が人間の欲求に応えるために創出しているから神聖だと主張する。だがいずれ、「すべてのモノのインターネット」はそれ自体が本質的に神聖になるのかもしれない。
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@7937
自分の感情に耳を傾ける場合は、進化が何百万年にもわたって発達させ、この上なく厳しい自然選択の品質管理検査にも耐えたアルゴリズムに従う。あなたの感情は、無数の先祖の声だ。その先祖のそれぞれが、容赦のない環境でなんとか生き延び、子供を残した。
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@7940
何百万年にもわたって、感情は世界で最高のアルゴリズムだった。
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@7942
ところが二一世紀の今、もはや感情は世界で最高のアルゴリズムではない。
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@7947
ある人が民主党の候補者に投票し、別の人が共和党の候補者に投票するときに、その根底にある神経学的な理由もアルゴリズムが知っているのなら、民主的な選挙をすることにどんな意味があるのだろうか?
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@7967
キリスト教によると、私たち人間は神と神の構想を理解できないというが、ちょうどそれと同じように、データ至上主義は、人間の頭では新しい支配者であるアルゴリズムをとうてい理解できないと断言する。
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@7970
グーグルの検索アルゴリズムのような、真に重要なアルゴリズムは、巨大なチームによって開発されている。チームの各メンバーが理解しているのはパズルのほんの一部分で、アルゴリズム全体を本当に理解している人はいない。
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@7988
生命をデータ処理と意思決定として理解してしまうと、何か見落とすことになるのではないか、と生命科学者や社会科学者は自問するべきだ。
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@7993
たとえデータ至上主義が間違っていて、生き物がただのアルゴリズムではないとしても、データ至上主義が世界を乗っ取ることを必ずしも防げるわけではない。これまでの多くの宗教は、事実に関して不正確だったにもかかわらず、途方もない人気と力を得た。
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@8010
私たちは健康と幸福と力を与えてくれることを願って「すべてのモノのインターネット」の構築に励んでいる。それなのに、「すべてのモノのインターネット」がうまく軌道に乗った暁には、人間はその構築者からチップへ、さらにはデータへと落ちぶれ、ついには急流に吞まれた 土塊 のように、データの奔流に溶けて消えかねない。  そうなるとデータ至上主義は、ホモ・サピエンスが他のすべての動物にしてきたことを、ホモ・サピエンスに対してする恐れがある。
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@8022
振り返って見れば、人類など広大無辺なデータフローの中の小波にすぎなかったということになるだろう。
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@8032
私たちの思考や行動はたいてい、今日のイデオロギーや社会制度の制約を受けているからだ。本書では、その制約を緩め、私たちが行動を変え、人類の未来についてはるかに想像力に富んだ考え方ができるようになるために、今日私たちが受けている条件付けの源泉をたどってきた。
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@8041
人間は、自由市場や群衆の知恵や外部のアルゴリズムへと、権威を明け渡している。それは一つには私たちが、殺到するデータを処理できないからだ。過去には、検閲は情報の流れを遮断することで機能した。二一世紀には、どうでもいい情報を人々に多量にお見舞いすることで機能する。
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@8042
過去には、検閲は情報の流れを遮断することで機能した。二一世紀には、どうでもいい情報を人々に多量にお見舞いすることで機能する。
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