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Author:山口 周

Title:武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

Date:月曜日 11月 19, 2018, 105 highlights

@33
・無教養な専門家こそ、われわれの文明にとっての最大の脅威
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@143
彼らは「イノベーションを起こそう」と思って仕事をしているのではなく、必ず具体的な「解決したい課題」があって仕事をしています。
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@652
説得よりは納得、納得よりは共感」
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@784
自分の努力に対して正確に相関する報酬を受け取れる。そういうわかりやすいシステムであれば、人間はよく働く。そう思っている人がすごく多い。雇用問題の本を読むとだいたいそう書いてある。でも僕は、それは違うと思う。労働と報酬が正確に数値的に相関したら、人間は働きませんよ。何の驚きも何の喜びもないですもん。
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@846
毎年のようにコレクションや新車を出してきますが、これは「ルサンチマンを常に生み出すため」と考えてみるとわかりやすい。
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@892
単に「自分は高級フレンチにはあまり行ったことがないけれど、サイゼリヤでも十分に美味しいよ」と言えばいいし、さらには単に「サイゼリヤが好きだ」と言えばいいだけのことでしょう。誰も文句は言いません。なぜ、そう言わないのか。理由はシンプルで、そんなことを言っても本人のルサンチマンが解消しないからです。
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@904
ルサンチマンを抱えた人に価値の逆転を提案するというのは、一種のキラーコンセプトなのだと言えるかもしれません。
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@990
市民が「自由」を獲得するまでには、多数の犠牲が伴っており、いわば「自由」というのは、非常に高価な買い物であったわけですが、ではその「高価な自由」を手に入れた人々はそれで幸せになったのか。
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@998
自由がその代償として必然的に生みだす、刺すような孤独と責任の重さに多くの人々は疲れ果て、高価な代償を払って手に入れた「自由」を投げ捨ててナチズムの全体主義に傾斜することを選んだ。
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@1017
より自由な立場になったとして、本当により幸福で豊かな生を送ることができるようになるのでしょうか。フロムの分析をもとに考えれば、それは「自我と教養の強度による」ということになる
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@1060
長いこと、ドーパミンは快楽物質であると考えられてきました。しかし、最近の研究では、ドーパミンの効果は人に快楽を感じさせることよりも、何かを求めたり、欲したり、探させたりすることであることがわかってきています。
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@1096
例に挙げているのは戦争です。戦争を、人生の外側からやってきた事件のように考えるのは間違っている、その戦争は「私の戦争」にならなくてはいけない、なぜなら私は反戦運動に身を投じることも、兵役拒否をして逃走することも、自殺によって戦争に抗議することもできたはずなのに、それらをせず、世間体を気にして、あるいは単なる臆病さから、あるいは家族や国家を守りたいという主体的な意志によって、この戦争を「受け入れた」からです。
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@1112
いわゆる「成功」というのは、社会や組織の命じるままに行動し、期待された成果を上げることを意味しますが、サルトルは「そんなものはなんら重要ではない」と断定します。自由であるということは、社会や組織が望ましいと考えるものを手に入れることではなく、選択するということを自分自身で決定することだ、とサルトルは指摘します。
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@1140
アイヒマンが、ユダヤ民族に対する憎悪やヨーロッパ大陸に対する攻撃心といったものではなく、ただ純粋にナチス党で出世するために、与えられた任務を一生懸命にこなそうとして、この恐るべき犯罪を犯すに至った
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@1143
「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」
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@1144
この「システムを無批判に受け入れるという悪」は、我々の誰もが犯すことになってもおかしくない
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@1183
より低次の欲求が満たされることで、次の段階の欲求が生まれると考えていたようですが、この考え方も後にあらためるなど、提唱者自身の言説にもかなりの混乱が見られます。
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@1275
彼らは捕虜となった米兵に「共産主義にも良い点はある」という簡単なメモを書かせ、その褒賞としてタバコや菓子など、ごくわずかなものを渡していました。たったこれだけのことで、米兵捕虜はパタパタと共産主義に寝返ってしまったのです。
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@1298
私たちは「意思が行動を決める」と感じますが、実際の因果関係は逆だ、ということを認知的不協和理論は示唆します。外部環境の影響によって行動が引き起こされ、その後に、発現した行動に合致するように意思は、いわば遡求して形成されます。
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@1300
人間は「合理的な生き物」なのではなく、後から「合理化する生き物」なのだ、
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@1363
どう考えても非人道的な営みに、これだけ多くの人が、葛藤や抵抗感を示しながらも、明らかに生命の危険が懸念されるレベルまで実験を続けてしまったわけです。
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@1365
仮説としては「自分は単なる命令執行者にすぎない」と、命令を下す白衣の実験担当者に責任を転嫁している
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@1368
「自らが権限を有し、自分の意思で手を下している感覚」の強度は、非人道的な行動への関わりにおいて決定的な影響を与える
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@1389
悪事をなす主体者の責任が曖昧な状態になればなるほど、人は他者に責任を転嫁し、自制心や良心の働きは弱くなることが示唆されます。これがなぜ厄介かというと、組織が大きくなればなるほど、良心や自制心が働きにくくなるのだとすれば、組織の肥大化に伴って悪事のスケールも肥大化することになる
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@1392
ナチスによるホロコーストは、官僚制度の特徴である「過度な分業体制」によってこそ可能だったという分析を示しています。
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@1401
ユダヤ人の名簿作成から始まって、検挙、拘留、移送、処刑に及ぶまでのオペレーションを様々な人々が分担するため、システム全体の責任所在は曖昧になり、極めて責任転嫁のしやすい環境が生まれます。「私は名簿を作っただけです」「あの時は誰もが協力していました」「私がどうしようと結果は変わりません」「殺していない、ただ移送列車の運転をしただけだ」……。
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@1415
人は権威に対して驚くほど脆弱だというのが、ミルグラムによる「アイヒマン実験」の結果から示唆される人間の本性ですが、権威へのちょっとした反対意見、良心や自制心を後押ししてくれるちょっとしたアシストさえあれば、人は自らの人間性に基づいた判断をすることができる、ということです。
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@1462
フローに入るためには、挑戦レベルとスキルレベルが高い水準でバランスしなければなりません。
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@1475
あまりにも多くの人は「無気力」のゾーンで生きている、とチクセントミハイは嘆いています。「
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@1493
一度「用途」を規定してしまうと、なかなか人はその認識から自由になれないということで、この傾向をドゥンカーは「機能認識の固着」と名付けました。
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@1500
この問題を被験者に与える際、「早く解けた人には報酬を与える」と約束することで、アイデアを得るまでにかかる時間は際立って「長くなる」ことを明らかにしました。
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@1502
報酬を与えることによって、創造的に問題を解決する能力は向上するどころか、むしろ低下してしまう
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@1507
予告された報酬は、すでに面白いと思って取り組んでいる活動に対しての内発的動機付けを低下させる、という結論
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@1533
曰く「年輪を重ねた革命家を生み出すためには、企業は報酬を、役職、肩書き、上下関係などから切り離して決めなければならない。実際にエンロンではそうしている。同社のなかにはアシスタントでも取締役を上回る収入を得ている者がいるのだ」(
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@1555
幼児が保護者に示す親愛の情、そこから切り離されまいとする感情を「愛着=アタッチメント」と名付けました。
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@1556
そのような愛着を寄せられる保護者が、幼児の心理的なセキュアベースとなり、これがあるからこそ、幼児は未知の世界を思う存分探索できる、という説
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@1562
人が創造性を発揮してリスクを冒すためには「アメ」も「ムチ」も有効ではなく、そのような挑戦が許される風土が必要だということ
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@1603
大規模なリストラを初期段階でやってしまう方が、小分けに何度も痛みを伴うような小規模のリストラをやるよりもうまくいく、という企業再生の鉄則とも符合します。
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@1605
マキャベリは「不道徳たれ」と言っているわけではなく、「冷徹な合理者であれ」と言っているだけで、時に「合理」と「道徳」がぶつかり合う時には、「合理を優先せよ」と言っている
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@1607
私たちの多くは、マキャベリズムに対しては強い嫌悪感、拒否反応を示します。しかし、マキャベリの主張は、まさに国家存亡の危機において求められるリーダーについて書かれたものだということを忘れてはなりません。
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@1654
ミルは同書の中で、処刑されたソクラテスやイエスが、現在では歴史上の偉人として讃えられており、彼らの残した思想や信条が、これだけ広範囲に受け入れられているという事実を取り上げて、ある時代における「悪」は、時代を経ることで「善」になりうると指摘しています。これはつまり、あるアイデアの是非は、その時代におけるエリートの統制によって決定できるようなものではなく、長い時間をかけて、いろんな人々による多面的な考察を経ることでしか、判断できないということを示唆します。
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@1671
どんなに個人の知的水準が高くても、同質性の高い人が集まると意思決定の品質は著しく低下してしまう、
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@1753
社会組織が「ゲマインシャフト」から「ゲゼルシャフト」へと変遷していく過程で、人間関係そのものは、疎遠になっていく
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@1755
集団に所属する個人の権利と義務は明確化され、それまでのウエットな人間関係は、利害関係に基づくドライなものへと変質することになる。
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@1778
一旦崩壊しかかった村落共同体というゲマインシャフトを、企業という別形態のゲマインシャフトが受け継いでいったと考える方が妥当だろう
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@1786
仮に会社や家族の解体が不可逆的な流れなのだとすれば、それに変わる新しい構造を人類は必要とします。
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@1790
ソーシャルメディアがもしかしたらその役目を果たすことになるのかも知れません。
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@1828
ブリッジズに言わせれば、キャリアや人生の「転機」というのは単に「何かが始まる」ということではなく、むしろ「何かが終わる」時期なのだ、ということ
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@1831
一体何が終わったのか、何を終わらせるのかという「終焉の問い」にしっかりと向き合わない
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@1860
バブル期に象徴されるような経済・金銭・物欲一辺倒のモノサシを否定する大きなうねりが地殻変動のように動いているのを感じますが、これは「バブルを終わらせる必要のない」世代によって牽引されているように思います。
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@1921
テンプル騎士をうけ継ぐと称する教団は百くらいはあるという。(
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@2034
日本のプロ野球選手やJリーグの選手の誕生月は、統計的なバラツキとして説明できないほど、4月や5月などの「年度の前半に近い月」の生まれが多いことがわかっています。
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@2047
統計的には「デキル子」は4月~6月生まれが多いことがわかっています。
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@2057
4月生まれの子は月数ベースで誕生以来 84 ヶ月の学習を積み重ねている一方、3月生まれの子は 73 ヶ月の期間しかなかったわけで、およそ 13%ほど学習期間が短いということになります。学習量の累積が1割以上違うのであれば、それはそれで差があるだろう
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@2155
機長は副操縦士より格段に優れていると考えられます。しかし、過去の航空機事故の統計を調べると、副操縦士が操縦桿を握っている時よりも、機長が操縦桿を握っている時の方が、はるかに墜落事故が起こりやすい
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@2208
パラダイムシフトを起こす人物の特徴として「非常に年齢が若いか、その領域に入って日が浅い人」という点を挙げています。これはつまり、組織の中において相対的に弱い立場にある人の方が、パラダイムシフトにつながるようなアイデアを持ちやすいということを示唆しています。
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@2219
反脆弱性とは、「外乱や圧力によって、かえってパフォーマンスが高まる性質」のこと
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@2238
炎上マーケティングはAnti-Fragileと言えます。
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@2248
タレブが「反脆弱性」という概念を非常に重要視するのは、私たちが、非常に予測の難しい時代を生きているから
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@2297
疎外というのは、人間が作り出したものが人間から離れてしまい、むしろ人間をコントロールするようになることです。
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@2336
例えば資本市場というのは、もちろん人間が作り出したものですが、いまではこれを制御できる人は誰もいない。
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@2369
ホッブズの少し後に出てくるデカルトやスピノザなどにも共通する考え方で、少し難しい言葉で「唯物論的世界観」とか「機械論的自然観」と言います。精神性や情緒性を排除した、時計仕掛けのようにメカニカルな世界観のことです。
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@2427
かわりに日本人は「空気を読む」ことに長けている。そして情報技術の扱いにも長けている。それならば、わたしたちはもはや、自分たちに向かない熟議の理想を追い求めるのをやめて、むしろ「空気」を技術的に可視化し、合意形成の基礎に据えるような新しい民主主義を構想したほうがいいのではないか。
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@2436
ICTの力によって古代ギリシアの直接民主制を、より洗練された形で復活させることができるかも
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@2442
グーグルはその秘密主義で悪名高く、検索結果を導出するアルゴリズムはブラックボックスになっていてごく一部の関係者しかアクセスできません。
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@2445
市民全員の一般意志を吸い上げるためのシステムとアルゴリズムがごく一部の人によって制御されるのであれば、そのシステムから出力される一般意志が本当に市民のそれを代弁するものであるかどうかは誰にも保証できないでしょう。
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@2532
経営管理に携わるという立場であれば、徹頭徹尾自分の頭で考えるという態度を、美徳と考えこそすれ、愚行と考える人はいないはずです。しかし、全ての最適解を自分で導出できる、と考えるのは知的傲慢と言えます。
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@2549
モノゴトの関連性がますます複雑になり、かつ変化のダイナミクスが強まっている現在のような社会においては、理知的なトップダウン思考によって最適な解に到達することができると考えるのは知的傲慢を通り越して滑稽ですらあります。
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@2654
~ 90 年代にリストラの嵐が吹き荒れた際、親がレイオフされるのを子供の立場から見ていた現在の 20 ~ 30 代は「会社はいずれ裏切る、結局頼れるのは家族しかない」と考え、家族を大事にする傾向が他の世代より強いことが統計で明らかになっています。
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@2671
一つには「会社」という枠から「職業」という枠へのコミュニティの転換を図る
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@2673
ヨーロッパでは会社別の労組よりも職業別の労組の方がスタンダード
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@2714
モノゴトの価値を説明する枠組みは「労働価値説」と「効用価値説」の二つがあるわけですが、この枠組みでは「贈与」という行為をうまく説明することができません。ここに経済学の限界があって、つまり交換のもっとも根源的な形態である「贈与」をうまく取り込めていないわけです。
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@2748
ボーヴォワールはもちろん、事実上のサルトルの奥さんだった人ですが、二人はお互いに自由に愛人を持つことを許し合い、場合によっては恋人を共有するということまでしている(サルトルの愛人がボーヴォワールの同性愛の相手だった)
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@2757
生まれつきの女などいない、みな社会的な要請の結果として「女らしさ」を獲得させられる
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@2760
ある研究結果によると、我が国は世界中でもっとも「女は女らしくしていろ」という圧力が強く働く文化を持っている、
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@2776
この「男性らしい社会」のスコアで、日本は残念ながら調査対象となった 53 カ国中でダントツの1位なんですよね。ちなみに女性進出が世界でもっとも進んでいると言われる北欧諸国はおしなべて低く、例えばスウェーデンは最下位の 53 位となっています。
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@2783
一番危ないのは「自分はそのようなバイアスからは自由だ」という自己欺瞞に陥ることでしょう。この国の性差別はとても根深く、私たちの眼に見えない形で血の中、骨の中に溶け込んでいます。極論すれば、私はこのバイアスから自由でいる人はいまの日本には一人もいないだろうと思います。
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@2847
浅田彰『逃走論 スキゾ・キッズの冒険』
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@2856
私たちは「一貫性がある」「ブレない」「この道ウン十年」みたいなことを、手放しで賞賛するおめでたいところがあります。
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@2884
日本の社会では未だに、一箇所に踏みとどまって努力し続けるパラノ型を礼賛し、次から次へと飽きっぽく変位転遷していくスキゾ型を卑下する傾向が強い、
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@2908
建前上は誰にでも機会が公平に与えられているからこそ、差別や格差がよりクローズアップされている
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@2999
充足は熱量やエネルギーとして、あるいは使用価値として計算すれば、たちまち飽和点に達してしまうにちがいないからだ。ところが、今われわれの目の前にあるのは明らかにその反対の現象──消費の加速度的増加(中略)である。この現象は、欲求の充足に関する個人的論理を根本的に放棄して差異化の社会的論理に決定的重要性を与えないかぎり、説明できるものではない。
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@3005
欲求が社会的なものなのだとすれば、マーケティングにおける市場創造・市場拡大において最も重要なのは、「差異の総計の最大化」ということになります。これは当然のことながら、非常に大きなルサンチマンを社会に生み出すことになります。
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@3019
フェラーリやポルシェなどの「わかりやすい高級車」を買ったり、広尾や松濤などの「わかりやすいエリア」に住居を構えたりするのは、もちろん差異的消費の一形態ではありますが、それが全てではありません。ボードリヤールが言っているのはそういうことではなく、例えばプリウスに乗るとか、「無印良品」を愛用するとか、郊外の田舎に暮らすというのもまた、それを選択した主体が、そのような選択をしなかった他者と自分は異なるのだということを示すための差異的消費だということなんですね。
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@3024
どのような選択を、どれだけ無意識的に、無目的に行ったとしても、そこには自ずと「それを選んだ」ということと「他を選ばなかった」ということで、記号が生まれてしまう、ということ
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@3085
ここからは「公正世界仮説」の別の問題点を指摘します。それは、この仮説に囚われた人は、しばしば逆の推定をするということです。つまり「成功している人は、成功に値するだけの努力をしてきたのだ」と考え、逆に何か不幸な目にあった人を見ると「そういう目に遭うような原因が本人にもあるのだろう」と考えてしまう
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@3090
ナチスドイツによるロマ人やユダヤ人虐殺、あるいは世界の多くの国々で行われた弱者への迫害は、このような世界観、すなわち「世界が公正である以上、苦境にある人は何らかの理由があってそうなっている」という世界観に基づいてなされたということを決して忘れてはなりません。
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@3099
早期退職優遇制度を勧められたグループ企業(ブリヂストンスポーツ)の 58 歳の課長が、ブリヂストン本社の社長室に押し入って切腹するという事件がありました。社長室に押し入った男性の抗議文が残っているのですが、その一部に次のような箇所があります。 入社以来三十有余年、ブリヂストンと運命共同体として寝食を忘れ、家庭を顧みる暇もなく働き、会社を支えてきた従業員の結晶が今日のブリヂストンを築き上げたのである。  この告発文はまことに怨嗟の血が滴るような内容で、公正世界仮説に囚われた人が、最終的にどのように組織を逆恨みするようになるか、これ以上はないというくらいに明白に示してくれています。
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@3109
世界は公正ではありません。そのような世界にあってなお、公正な世界を目指して闘っていくというのが私たちに課せられた責務でしょう。人目につかぬ努力もいずれは報われるという考え方は、人生を破壊しかねないのだということをよく覚えておいてください。
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@3209
私たちは往々にして、イデアに囚われて現実を軽視するということをやってしまいます。典型例が多くの企業において実施されている人事制度
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@3424
内田樹『寝ながら学べる構造主義』
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@3435
概念を整理するシステムが根本的に異なっている、ということ
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@3438
フランス人には「蝶」という概念も「蛾」という概念もなく、両者を同じ集合として捉える「Papillon」というまったく別の概念を用いる、ということです。逆に言えば、厳密な意味でフランス語の「Papillon」に対応する概念は、日本語にはない
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@3441
私たちが見出すのは、概念はあらかじめ与えられているのではなく、語のもつ意味の厚みは言語システムごとに違うという事実
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@3453
私たちの世界認識は、自分たちが依拠している言語システムによって大きく規定されている、ということ
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@3506
一般に「客観的だ」と考える認識は、実は自分の意識の中でそのように考えていること、つまり「主観的な私の意識の中で客観的だと思える」ことに過ぎない、ということ
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@3528
映画『ビューティフル・マインド』では、統合失調症にかかった天才数学者ジョン・ナッシュ
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@3572
例えばフロイトの唱えた「全ての欲求の根源には性的リビドーがある」という命題やマルクスによる「全ての歴史は階級闘争の歴史である」という命題は、どのような方法によっても反証することができないため、ポパーからは「科学ではない」とされています。
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@3592
ライト兄弟は、自らの作りだした小さな飛行機が、民主主義に則った政府の手によって使用されれば、敵の動きを遠く離れたところから監視できるようになるため、奇襲攻撃や熾烈な戦闘を無効化できるだろうと考えたのですが、実際はご存知の通り、真逆の結果となりました。
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@3727
脱構築の基本的な考え方は「二項対立の構造を崩す」ということです。
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@3763
昨今の日本では少子化による人口減少の予測が危機感をもって議論されていますが、他国における過去の少子化による人口減少の予測はこれまでほとんどが外れた
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@3837
ソマティック・マーカー仮説によれば、情報に接触することで呼び起こされる感情や身体的反応(汗が出る、心臓がドキドキする、口が渇く等)が、脳の前頭葉腹内側部に影響を与えることで、目の前の情報について「良い」あるいは「悪い」の判断を助け、意思決定の効率を高めます。この仮説にしたがえば、これまで言われていた「意思決定はなるべく感情を排して理性的に行うべきだ」という常識は誤りであり、意思決定においてむしろ感情は積極的に取り入れられるべきだということになります。
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@3879
竹田青嗣『ニーチェ入門』(ちくま新書)
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@3890
アダム・ハート=デイヴィス『パブロフの犬:実験でたどる心理学の歴史』(創元社)
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@3919
小坂井敏晶『社会心理学講義』(筑摩書房)
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