My kindle library and highlights

Follow @umihico Star Issue

cover_img

Author:小林昌平

Title:その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

Date:金曜日 10月 19, 2018, 24 highlights

@170
結果はどうあれ、 無欲にプロセスの作業を楽しむ。 手抜きをせずに、 一生懸命楽しみきる という人にこそ、高い──時には最高の──パフォーマンスが生まれ、自然と結果がついてくるのです。
—-

@180
自分が向いていると心から感じられる作業に全力で打ちこみ、 充実した手ごたえを感じながら毎日を生きている人 を、 世界が放っておくことはないでしょ う。
—-

@400
フィクションは「予定説」のような「神様」から「お金」、「会社」までさまざまあります。ハラリは政治と技術が 乖離 し、行きづまっている現代、みんなが信じられる「資本主義にかわる新しいフィクション」が求められていると予言しています。
—-

@453
デカルトが500年前の冬の夜、人類の諸学問をたった自分ひとりで再構築しようと思い立っ
—-

@722
物語を結ばない映像の羅列を見ると、脳は身体に「眠っていい」サインを送るのだそうです。
—-

@798
そういう点でとかげは(当然ですが) 人間ではないのです。人間だけが、 所与(given:与えられた) の自分を否定して、あらゆるとらわれから自由であることができる生きものである。このことがサルトル実存哲学の核心である「 実存は本質に先立つ」 という言葉の意味です。
—-

@901
不幸な体験がなければ、いい思い出もないわけで、両方があるから人生はつらく、そして楽しい。その 振れ幅の大きい人生をこそ愛し、 楽しめ!
—-

@954
丸山真男〔※2〕 は、社会のありかたを2つに分け、「である」 ことを重視する社会 と、「する」 ことを重視する社会 があると考えました(『
—-

@989
自己肯定感を感じられるのは「チャレンジとスキルのバランスがとれている時」である
—-

@1006
「集中して取り組むべき何かをやりとげている時は、同時に自分の存在を感じるほどの注意力は残っていない」
—-

@1049
われわれの社会は、努力にモラルを置いている結果、能力のある人間をわざとのろく走らせることを強いるという、社会独特の 拷問 についてはほとんど触れるところはない」。
—-

@1064
SNSという装置は「いま自分はこんな素敵な暮らしをしているから見て」「こんな面白いことを考えているから認めて」といった欲求を最大限刺激するように設計されており、 即時的 なレスポンスによってそのゲームの勝敗が決定づけられています。
—-

@1072
ラカンは、フロイト( 参照) が発見した「無意識」の研究をさらに深め、他者という現実の個人はいわば「小文字の他者」で、それとは別に、無意識の領域に「大文字の他者」というものが存在すると考えました。人間の承認欲求というのは 業 が深いもので、「小文字の他者(現実の個人)」だけでなく、「 大文字の他者」 に認められるという実感を得ることがなければ、十分に満足することができないと考えたのです。
—-

@1084
「人も車も見当たらない真夜中の交差点で、つい信号を守ってしまう」のも、「大文字の他者」の効果です。  イスラムの過激派が、何の罪もない人々をその名のもとに虐殺してしまう「イスラム原理主義」みたいな「大義」も、「大文字の他者」の一例です。
—-

@1206
自分の持っている高級な能力を使うような生活態(=高級な快) をきっぱりと選びとることは疑いのない事実である。動物の快楽をたっぷり与える約束がされたからといって、何かの下等動物に変わることに同意する人はまずいないだろう。(『
—-

@1230
高い快楽を知る者は「低い快楽で満足する下劣な存在」に身を落とそうなどとは考えなくなる。それはなぜか。 自分は高い快楽を知っているという「 尊厳」、 つまり プライド があるからだ とミルはいいます。
—-

@1238
満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。
—-

@1380
人は他人の目を気にして生きている。やがて他人の目を自分の中に「内面化」する。実際に他人が見ていなくても見ているように思いこみ、自分で自分を監視するようになる。
—-

@1916
人間はそのような「傾向性」になすがままにされる世界(カントの用語で「現象界」) に属するだけではなくて、その 因果を 引いて 見ることで因果のサイクルの外に立てるよう な、 超越した世界(カントの用語で「英知界」) に属してもいる、 理性的な存在 であるのだと。
—-

@2388
アメリカでは通常、親が治療中止の決定を下さなければならないのに対し、フランスでは親が異議を申し立てないかぎり、医師が決定を下すことが通例となっています。生命倫理学者の2人が調査をおこなった結果、その後を追跡すると、フランスの親は「こうするしかなかった」という確信を口にするのに対し、アメリカの親は自分で決断したがために、時を 経 ても後悔や罪悪感に執拗に悩まされてしまう傾向にあることが報告されています(『
—-

@2430
人文系にかぎらず、研究者が異なった領域に複数の専門をもつことは、海外ではすでに当たり前のことです。
—-

@2525
お互いが共感し合える最大公約数的なところまで、 会話のレベルを落とさなければならなくなる。
—-

@2560
「幸福の基本は自分の外に何ものも期待せず、自分のうちにあるもので楽しむことである」。
—-

@2957
人生の選択の局面で、選んだ道がかりに失敗だったとしても、その後どんなに悲惨な運命が待っていたとしても、一度きりの人生として、その運命を愛する。そして喜びだけでなく、苦しみ・悩みもまた再び自分にめぐってくることをうけいれる「永劫回帰」。
—-