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Author:デイヴィッド イーグルマン、大田 直子

Title:あなたの知らない脳 意識は傍観者である (ハヤカワ文庫NF)

Date:月曜日 1月 21, 2019, 236 highlights

@66
一つひとつの細胞がほかの細胞に電気パルスを毎秒何百回も送る。脳内で生じる数十兆のパルスそれぞれを一個の光子で表わしたら、目がくらむような光になるだろう。  その細胞どうしをつなぐネットワークは驚異的に複雑なので、人間の言語では表現できず、新種の数学が必要だ。典型的なニューロン一個は近隣のニューロンと約一万個の結合部をもっている。何十億というニューロンがあることを考えると、脳組織わずか一立方センチに銀河系の星と同じ数の結合部があることになる。
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@74
私たちはおそらく地球上で唯一、向こうみずにも自らのプログラミング言語を解読するゲームに打ち込むほど高度なシステムである。あなたのデスクトップコンピューターが、周辺装置を操作し始め、勝手にカバーをはずし、ウェブカメラを自分の回路に向けるところを想像してみてほしい。それが私たちだ。
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@86
自分の声が再生されるのを聞いた西アフリカの原住民が、アルバーツに「舌を盗まれた」と文句を言ったのだ。アルバーツは鏡を取り出し、その男に舌は無事だと納得させることで、なんとか殴られずにすんだ。
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@111
私たちがやること、考えること、そして感じることの大半は、私たちの意識の支配下にはない、ということである。ニューロンの広大なジャングルは、独自のプログラムを実行している。意識のあるあなた──朝目覚めたときにぱっと息づく 私 ──は、あなたの脳内で生じているもののほんの小さなかけらにすぎない。人の内面は脳の機能に左右されるが、脳は独自に事を仕切っている。その営みの大部分に意識はアクセス権をもっていない。 私 は入る権利がないのだ。
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@115
あなたの意識は、大西洋を横断する蒸気船に乗っている小さな密航者のようなものだ──足もとの巨大な機械の働きを認めず、自分の力で旅をしたのだと言っている。
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@123
写真の半分は女性が目を見開いていて、残りの半分はそうしていなかった。すると男性は一貫して、目を見開いた女性のほうに魅力を感じた。注目すべきことに、彼らは自分の判断の理由をわかっていなかった。「
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@127
それなら、選んでいたのは誰なのか? 私たちにとって脳の働きはその大半がアクセス不能だが、そのなかの 何かが、女性の見開いた目は性的な興奮や期待と関連があることを知っていた。脳は知っていたが、被験者の男性は知らなかった──少なくとも明確には。
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@131
選択は 本当は 自分のものではなくて、何十万もの世代を経るあいだに脳の回路に深く焼きつけられた成功プログラムの選択であることを、彼らは知らなかった。
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@137
車を走らせているとき、前方の私道から赤いトヨタ車がバックで出てきたら、それをはっきり認識する前に足が半分ブレーキにかかっている。聞いているつもりもなかった部屋の向こう側の会話に、自分の名前が出てくると気づく。理由はわからないが誰かを魅力的だと感じる。自分がどういう選択をするべきかについて、神経系が「虫の知らせ」を送ってくる。
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@142
脳も進化の圧力によってつくられてきた。意識も同じだ。意識は有利だから発達したのだが、 有利なのは限定的な範囲だけである。
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@162
あなたには新聞読者にしては妙なところがある。見出しを読んで、最初に思いついたのは自分であるかのように、その考えを自分の手柄にするのだ。あなたは大はしゃぎで言う。「いいことを考えついた!」。しかし実際にはあなたにひらめきの瞬間が訪れる前に、脳が膨大な量の仕事をやっていたのだ。一つのアイデアが舞台裏から表に出てくるとき、あなたの神経回路は何時間も、何日も、あるいは何年もそれに取り組み、情報を集約して新たな組み合わせを試している。しかしあなたは舞台裏に隠れている壮大なメカニズムに驚嘆することもなく、手柄を横取りする。
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@191
パーティーの余興として意識の干渉を実演するために、友だちに二本のホワイトボード用マーカーを──片手に一本ずつ──渡して、右手で名前を書き、同時に左手で裏向きに(鏡に映っているように)書いてみてとお願いしよう。友だちはすぐに、それをやる方法は一つしかないと気づくだろう。つまり、考えないでやるのだ。意識の干渉を排除することで、友だちの両手は複雑な鏡像運動をすんなりできる──が、自分の行動について考えたとたん、つっかえながらたどたどしくペンを動かすことになる。
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@205
〇・五秒かかる。つまりボールの移動スピードが速すぎて、バッターは意識的に知覚することができない。
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@260
それなりのレベル(まあ、宇宙バクテリアより上)の知性が生まれる確率が一〇〇万分の一しかなくても、数百万の天体で、生物が入り交じって想像もつかない奇妙な文明を築いていると予測される。
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@263
宇宙科学に興味をそそられるなら、脳科学で起きていることに心の準備をしてほしい。自分は自分の中心にいるという思い込みが打ち砕かれ、もっとはるかに壮大な宇宙がはっきり見えるようになりつつある。
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@305
意識される思考と無意識の思考のあいだには 境界 が存在し、私たちが自覚する観念もあれば、しないものもある
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@322
質問にどれだけ速く反応できるかは、必要とされる思考のタイプによる、というのだ。閃光や爆発を見たと答えればいいだけなら、とても迅速に答えられる(閃光なら一九〇ミリ秒、爆発なら一六〇ミリ秒)。しかし選択しなくてはならない場合(「赤い閃光か緑色の閃光か、どちらが見えたかを教えてください」)、数十ミリ秒余計にかかる。自分が見たものの名前を挙げなくてはならない場合(「青い閃光を見ました」)、さらに長い時間がかかる。
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@341
思考には時間がかかるという発見は、思考に実体はないというパラダイムの根幹を揺るがした。
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@356
フロイトは、脳を機械のようにとらえる新たな見方を前提として、アクセスする手段がわからない潜在的な原因があるにちがいないと推論する。この新たな見方では、心は私たちがよく知っている意識的な部分とイコールではない。むしろ氷山のようなもので、大部分は見えないのだ。
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@419
ルネッサンス期の画家はいつしか遠くの山は青みがかって見えることに気づいた──そしていったんそのことがわかると、山をそういうふうに描くようになった。しかしそれまでの芸術はずっと、そのことを完全に見逃していた。データはそのまま目の前にあったのに。そんなわかりやすいことを、なぜ私たちは知覚しないのだろう?
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@451
人間の脳の約三分の一が視覚に専念しているというのは意外かもしれない。
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@455
脳は状況を考慮し、 推しはかり、私たちがこのあとすぐ学ぶトリックを使うことによって、かなり苦労して目に入る情報のあいまいさを排除する。しかしすべてが自然に起こるわけではない。そのことは、何十年も目が見えなかった人が手術で視力を回復した場合にはっきり表われる。いきなり世界が見えるのではなく、見ることをもう一度 学ぶ 必要があるのだ( 3)。最初、世界はざわざわしていていらだたしい形と色の嵐で、たとえ両目の機能が完璧になっても、脳は入ってくるデータをどうやって解釈するかを学ばなくてはならない。
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@504
自分が世界を細部にいたるまで見ているとむやみに信じていたが、実は見ていない。それどころか、目に入るもののほとんどを認識していない。
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@509
変化失認を驚くほどはっきり示した実験がある。実験者は中庭で通りすがりの歩行者を呼びとめて道を訊く。何も疑っていない被験者が道を説明している最中に、扉を運んでいる作業員が無礼にも二人のあいだを通っていく。被験者には知らされないが、実験者は運ばれていた扉の後ろに隠れていた仲間とひそかに入れ替わる。つまり、扉が通りすぎたあと、別の人がそこに立っているのだ。しかし被験者の大部分は、最初に話していた人とはちがう人だと気づかずに、道案内を続けた(
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@545
脳は通常、ほとんどのことを知る必要はなく、ただ、注意を外に向けてデータを取り込む方法を知っていればいい。 知る必要があることだけをはじき出すのだ。
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@565
脳は世界にアンテナを伸ばして、必要なタイプの情報を積極的に 抽出 する。脳は『予期しない訪問者』のすべてを一度に見る必要はないし、すべてを内部に蓄える必要はない。
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@575
視覚はあまりにも自然に思えるので、それを理解するのは、魚が水を理解しようとするようなものだ。魚はほかのものを経験したことがないので、水について考えたり思い描いたりすることは、ほぼ不可能である。
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@593
あなたの視覚系は対立する情報間の争いを仲裁しているのであり、あなたは実際にそこにあるものを見ているのではなく、その瞬間に勝っているほうの知覚の内容を見ているのだ。
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@599
網膜のかなり大きい部分に光受容細胞がないのだ( 13)。この欠落している部分はマリオットを驚かせた。なぜなら、視野は途切れていないようで、光受容細胞が欠けている部分に対応する視覚の穴はないのだ。  本当にないのだろうか? この問題を深く掘り下げたマリオットは、私たちの視覚には確かに穴があることに気づいた──両目の「盲点」と呼ばれるようになったものだ。
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@605
ゆっくりページを顔に近づけたり遠ざけたりして。いずれ黒い丸が消える(おそらく三〇センチくらい離れたところだろう)。
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@607
盲点は小さいと思ってはいけない。とても大きいのだ。夜空に浮かぶ月の直径を想像してほしい。盲点にはその月が一七個入る。
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@613
そこに白や黒の穴を知覚するのではなく、あなたの脳が背景の模様の継ぎを でっち上げる。
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@667
運動の表象にかかわる領域──に不治の損傷を受けた。視覚系の残りの部分は無傷だったので、動かないものは問題なく見える。あそこにボールがある、ここに電話がある、と言うことはできるのだ。しかし彼女は運動を見ることができなくなってしまった。通りを渡ろうとして歩道に立っている場合、赤いトラックがあそこに見えて、数秒後にはここに見えて、最終的にはまた数秒後に前を通りすぎてあちらに見える──が、トラックが 動いている 感覚はない。
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@675
絵に運動が誤って「描かれている」のと同じように、私たちが見る世界にも運動は描かれているのだ。
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@714
私は子どもだったころ、目の見えない女性に会い、彼女が自分の部屋と家具のレイアウトをとても詳しく知っていることにびっくりした。彼女はたいていの目の見える人よりも正確に見取り図を描けるのではないかと思って訊いてみた。すると意外な答えが返ってきた。目の見える人がどうやって三次元(部屋)を二次元(平らな紙)に換えるのか理解できないので、見取り図はまったく描けない、と彼女は言った。彼女にはその発想が理解できなかったのだ( 23)。
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@732
一つの感覚を別の感覚で 代行 できるという突飛な予測が成り立つのだろうか? つまり、ビデオカメラからのデータストリームを取り込んで、別の感覚──たとえば味覚や触覚──の入力に変換すれば、そうやって最終的に世界を見ることができるのだろうか? 信じられないことだが、その答えは「できる」であり、これから見ていくように、その影響は深いところまでおよぶ。
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@746
目の見えない被験者がこの視覚触覚代行メガネを装着して一週間歩き回ると、とても上手に知らない環境のなかを進むことができるようになる。背中の感触を正しい移動経路に変換することができるわけだ。しかし驚くのはそこではない。驚くべきは、彼らがその触覚入力を実際に知覚する、つまりそれで 見る ようになることだ。十分に練習を積むと、触覚入力は変換が必要な単なる認知パズルではなくなり、直接的な感覚になる( 27)。
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@765
ブレインポートと呼ばれる六〇〇個の小さな電極を 格子 状に配した装置を口の中に装着して登っている( 30)。この装置のおかげで彼は登っているあいだ 舌で見る ことができる。
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@772
もともとエリックのような目の見えない人を補助するために開発された技術だが、最近の応用例では、赤外線や音の情報を舌のグリッドに入力することで、ダイバーが濁った水のなかで物を見たり、兵士が暗闇で全方向を見たりすることができる( 32)。
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@801
将来的には、赤外線や紫外線の映像、さらには天候データや株式市場データのような、新しい種類のデータストリームを直接脳に差し込めるかもしれない( 34)。脳は初めデータを吸収するのに苦労するが、最終的にその言語を使いこなせるようになる。新たな機能を付加して、「ブレイン2・0」を本格展開できるかもしれない。
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@806
ヒトの光色素──特定の波長の光を吸収する網膜上のタンパク質──の遺伝子を取り出して、色覚のないマウスに組み込んだ( 35)。何が出現したかって? 色覚だ。そのマウスは異なる色を見わけられるようになった。
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@813
少なくとも一五パーセントの女性に、特別な(第四の)タイプの色光受容体をもつことになる遺伝子変異が起こる──そうなると、三種類の色光受容体しかない大部分の人にとっては同じに見える色を見わけることができる( 36)。大半の人には同じに見える二つの色見本が、その女性たちにとってははっきり区別できるものなのだ(ファッション論争の何パーセントがこの変異によって引き起こされるのかは、まだ誰も究明していない)。
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@820
数十年にわたる研究をあっさりこう要約している。「情報を与えさえすれば、脳はそれを理解する」。
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@857
正常な知覚と言われるものも、実際には幻覚と変わらない。
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@863
脳の配線は単純にAからB、そしてCへとつながっているのではなく、CからB、CからA、そしてBからAというフィードバックのループがあることがわかったのだ。脳のあちこちで、正方向に送るフィードフォワードと同じくらいフィードバックも起こる──専門用語で再帰、俗にループしているといわれる、脳の配線の特徴だ( 39)。システム全体は流れ作業というより市場に似ている。
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@881
マガーク効果を取り上げよう。一つの音節(「バ」)の音声を、別の音節(「ガ」)を発している唇の動きの映像と同期させると、どちらでもない第三の音節(「ダ」)が聞こえるという強力な幻覚が起こる。
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@885
視覚はふつう聴覚より優位に立つが、逆の例がフラッシュ効果である。一回の点滅に二回のビープ音がともなうと、二回点滅するように見えるのだ(
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@897
物理過程の内部モデルがあるからだ( 43)。この内部モデルが、重力による加速の効果を考えて、ボールがいつどこで着地するかについての予測を立てる( 44)。予測する内部モデルのパラメーターは、生まれてからずっと通常の地上経験をしてきたことで身についている。
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@932
自分の行動から、それにともなう感覚を予測できるために、人は自分をくすぐることができない。
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@934
自分の行動からの予測を不可能にする方法はある。時間遅延が起こるジョイスティックで羽毛の位置をコントロールするところを想像しよう。スティックを動かすと、一秒以上たってから、操作に従って羽毛が動く。これで予測ができなくなり、あなたは自分をくすぐれるようになる。興味深いことに、統合失調症患者は自分をくすぐることができる。なぜなら、運動行為とそれによって起こる感覚がきちんと連続しないタイミングの問題を抱えているからだ( 47)。
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@941
アントン症候群を例に取ろう。これは脳卒中で失明する障害だが、患者本人は失明を 否定する( 48)。医師団がベッドサイドを取り囲んで言う。「ジョンソンさん、ベッドの周りに何人いますか?」。すると彼女は自信満々で「四人」と答える。たとえ実際には七人いても。医師が「ジョンソンさん、私は指を何本立てていますか?」と訊くと、「三本」と答えるが、実際には一本も立てていない。医師が「私のシャツは何色ですか?」と訊くと、ブルーなのに白だと答える。アントン症候群の患者は失明していない ふりをしている わけではなく、本当に失明していないと信じているのだ。言葉で報告することはまちがっているが、うそではない。ただし、本人が見ていると思っているものは、すべて内部で生成されている。
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@963
聴覚と視覚の情報は脳のなかで処理されるスピードがちがうのに、指の光景とパチンという音は同時に生じているように思える。さらに、 いま 指を鳴らすという決断と行動そのものは、指パッチンの瞬間に同時に起こるように思える。動物にとって正しいタイミングをつかむことは重要なので、脳は手の込んだかなりの編集作業を行ない、信号を使えるかたちにまとめているのだ。
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@996
私たちの時間の感覚──どれだけの時間が過ぎたか、何がいつ起こったか──は脳によってつくられたものだということだ。そしてこの感覚は、視覚と同じように、ごまかされやすい。
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@998
自分の感覚の信頼性に関する最初の教訓は、信頼するな、である。何かが本物だとあなたが 思う からといって、本物だとあなたが 知っている からといって、それが本物で ある ことにはならない。戦闘機のパイロットにとって最も重要な行動原則は「計器を信頼しろ」。なぜなら、感覚は恥ずかしげもなく大うそをつくので、もし感覚を──コックピットの目盛ではなく──信じたら墜落するからだ。
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@1070
監視員たちにほかの人を訓練する任務を与えた。これは厳しい試みだ。監視員たちは自分の戦略を説明しようとするのだがうまくいかない。誰にも、監視員本人たちにさえ、わからなかったのだ。ヒヨコ雌雄鑑別師と同じように、監視員たちも自分がどういうふうにやっているのかわかっていなかった──とにかく正しい答えが見えるのだ。
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@1074
ようやく新しい監視員をうまく訓練する方法を見つけた──試行錯誤のフィードバックだ。新人が思いきって推測し、ベテランが「イエス」か「ノー」と言う。やがて新人も指導者と同じように、不可解な説明しようのない専門技術を身につけた(
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@1090
私たちは自分の無意識の洞窟に何が隠されているのか知らないことが多い。それが最も醜いかたちで現われる例が差別主義だ。
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@1103
ポジティブな言葉 または 太った人が見えたら右のボタンを押し、ネガティブな言葉 または やせた人が見えたら左のボタンを押すように言われる。別の実験では、組み合わせを入れ替えて同じことを行なう──つまりネガティブな言葉 または 太った人が見えたら右のボタンを押す。  結果はやっかいかもしれない。被験者の反応時間は、ペアが無意識のうちに強く結びついている場合のほうが速い( 8)。たとえば、被験者の無意識のなかで太りすぎの人がネガティブな連想と結びついている場合、太りすぎの人の写真がネガティブな言葉と同じボタンにつながっているときのほうが被験者の反応は速い。逆の概念(やせていると悪い)が結ばれている実験では、おそらくペアにするのが難しいせいで、被験者が反応にかける時間が長くなる。この実験を修正して、人種、宗教、同性愛、肌の色、年齢、障害、大統領候補に対する潜在的態度が測定されている( 9)。
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@1125
雇用主(または攻撃者や殺人者)が差別主義の兆候を見せるかどうか探るために──このような検査を証拠として認めるかどうか、まだ決着がついていない。いまのところ、このような検査は法廷にもち込まないほうがよいだろう。なぜなら、複雑な人間の意思決定がアクセスできない関連づけのせいで偏っているとしても、その偏見が最終的な行動にどれだけ影響をおよぼすかを知るのは難しいからだ。たとえば、社会に適応した意思決定のメカニズムによって自分の差別主義的な偏見を克服する人もいるかもしれない。誰かが悪意に満ちた差別主義者であっても、それが具体的な犯罪の理由ではない場合もある。
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@1141
婚姻の公記録一万五〇〇〇件を調べた。そして実際に、名前の最初の文字が自分と同じ人と結婚している人の数は、偶然の一致にしては多すぎることがわかった( 11)。  でもなぜだろう? 重要なのは必ずしも文字ではない──むしろ、そのような配偶者はなんとなく自分自身を連想させるという事実だ。人は他人に映る自分を愛する傾向がある。心理学者はこれを無意識の自己愛、あるいはよく知っているものへの安心感だと解釈する──そしてそれを「潜在的自己中心性」と
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@1150
最初の三文字が自分と同じ名前の紅茶のほうが好みだと判断した。当然のことながら、ローラという名前の被験者はローラーという紅茶を選ぶ。彼らは文字との関係を明確に 意識 してはいない。単純にそちらの紅茶のほうがおいしいと信じている。実はどちらの紅茶も同じポットから注がれたものだった。
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@1158
誕生日がラスプーチンと同じだと信じた学生のほうが、彼に寛大な評価を与えている( 12)。彼らは理由について意識的にアクセスできなくても、とにかくラスプーチンを気に入ったのだ。
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@1167
偶然で決まる誕生日に含まれる数字との関連性が、たとえわずかでも、居住地の選択を左右するまでの影響力をもちうるのだ。この場合もまた意識には上らない。
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@1170
デニースやデニスという名前の人は 歯医者 になる可能性がやけに高く、ローラやローレンスという名前の人は 弁護士 に、ジョージやジョージーナという名前の人は 地理学者 になる可能性が高いことを発見している。
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@1197
誰かの顔写真を前に見たことがある場合のほうが、あとで見たときに魅力的だと判断する。前に見たことを覚えていなくてもそうなのだ( 19)。これは「単純接触効果」と呼ばれていて、潜在記憶があなたの世界観──何が好きで何が好きでないか、など──に影響を与えるという、やっかいな事実をはっきり示している。製品のブランド構築、名声の確立、政治キャンペーンなどの裏で使われる魔術の一部が、単純接触効果であることは驚くにあたらない。人は製品や顔に繰り返し接することによって、それをますます好むようになるのだ。世間の注目を浴びる人たちがネガティブな報道をされても、意外に困惑するとはかぎらないのはなぜか、その理由は単純接触効果にある。巷の著名人はよくこんなことを言う。「悪い評判とは評判がないことだけ」。あるいは「名前を正しく綴ってくれさえすれば、新聞にどう書かれてもかまわない( 20)」。
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@1207
前に聞いたことがある文は真実であると信じる可能性が高いのだ──実際に真実かどうかは関係ない。
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@1240
自律神経系はトランプの統計を被験者の意識よりもかなり早く理解していた
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@1285
ウィンブルドンの対戦相手は、テニスがおそろしく上手な迅速かつ効率的なマシンだ。時速一四五キロで動くボールを追いかけ、ものすごい速さでボールに向かって移動し、その軌道を横切るように小さな面を向ける。プロテニス選手はどれもほとんど無意識にやっている。ページの文字を読んだり、車線を変更したりするのとまったく同じように、無意識のメカニズムに全面的に頼っている。実質的にはロボットなのだ。
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@1301
意識は長期計画を立案する会社のCEOであり、日常的な業務のほとんどは脳のアクセスできない部分がすべてこなしている。
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@1332
課題を回路に焼きつける第二の理由は、 エネルギー効率 である。
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@1336
チェスのチャンピオン、ガルリ・カスパロフのエネルギー消費量が約二〇ワットなのに対して、対戦相手のコンピューター、ディープ・ブルーの消費量は何千ワットであることに言及し、驚異的な脳のエネルギー効率を強調している。
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@1356
脳は自分のマシンの回路基板を変更して、与えられた任務に合うように自らを修正する。そのおかげで、ぎごちなくしか遂行できなかった難しい課題も、迅速かつ効率的になし遂げられる。脳の論理では、「仕事に合う道具がないのなら つくれ」が正しい。
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@1376
バラの木がバラを咲かせ、リンゴの木がリンゴを実らせるように、人は考えを生む植物である」     ──アントワーヌ・ファーブル・ドリヴェ『哲学的人類史』
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@1395
あなたはカエルより人間に惹かれ、糞便よりリンゴを好むだけではない──生まれつき備わっている思考による誘導という同じ原則が、論理、経済、倫理、感情、美、社会的交流、愛情、その他さまざまな心の状態について、あなたが奥深くに抱いている信念すべてに当てはまるのだ。
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@1398
つまり、私たちが考え られる 種類の考えと、まったく考えられない部類の考えがあるということだ。あなたが自分に欠けていることを知りもしなかった考えから始めよう。
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@1403
人間は自分が立ち現われた無も、自分がのみ込まれる無限も、等しく見ることができない」
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@1405
私たちが、自らを構成している原子の想像もつかないほど小さいスケールと、銀河の無限に大きいスケールのあいだの薄い切片の上で生きている
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@1407
パスカルは肝心なことをわかっていなかった。原子と銀河は忘れよう──私たちは 自分の 空間スケールで起こる活動さえもほとんど見ることができないのだから。
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@1411
私たちに見える光スペクトルは全体の一〇〇〇億分の一にも満たない。
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@1427
フォン・ユクスキュルは新しい概念を導入した。あなたが見ることのできる部分は「ウムヴェルト」(環境、または「環世界」)、もっと大きい現実は(もしそのようなものがあるのなら)「ウムゲーブング」と呼ばれる。
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@1429
生物はそれぞれ独自の環世界をもっていて、おそらくそれが「外に」実在する現実のすべてだと思い込んでいる。
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@1448
色覚異常でない人にとって、自分が色覚異常であるところを想像するのは難しいかもしれない。しかし前の章で学んだことを思い出してほしい。あなたより たくさん の色が見える人もいるのだ。
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@1465
問題は実はもっと深いところにある。私が視界と呼ぶものと、あなたが視界と呼ぶものはちがうかもしれない──私の視界はあなたの視界と比べると逆さまかもしれないが、私たちにはわからないのだ。
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@1472
正常な人の一〇〇人に一人が、共感覚と呼ばれる知覚現象
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@1478
共感覚経験は病理学的な意味ではまったく異常ではなく、統計学的な意味で珍しいだけである。  共感覚にはさまざまな種類があり、一つのタイプの共感覚がある人には、第二、第三のタイプもある可能性が高い。曜日に色を感じるのが最も一般的な共感覚の兆候で、次が色のついた文字と数字だ。ほかによくある共感覚としては、言葉に味がする、色が聞こえる、数直線が三次元の形として知覚される、文字や数字に性別や性格が感じられる、などが挙げられる( 6)。
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@1490
共感覚の存在自体が、脳の種類──そして心の種類──は一つではないことを立証している。
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@1502
共感覚者には、人が時間を視覚化 せずに どうやって対処するのか理解できない。彼らの現実があなたにとって妙なのと同じくらい、あなたの現実は彼らにとって妙なのだ。
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@1508
かわいそうに。どこを見てもつねに色が見えるんですね。何もかもが 色つきで 見えていたら、気が狂いそうになりませんか?」。
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@1588
まったく同じ論理問題が、私たちの配線で理解できるように示されると──つまり、社会的な人間の脳が関心をもつ語彙で表現されれば──楽に解決されるのだ(
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@1615
人間の行動がほかの動物よりも柔軟に合理的なのは、人間のほうが動物よりももっている本能が多いからであって、少ないからではない。本能は道具箱のなかの道具であり、多ければ多いほどあなたは柔軟になれる。  私たちがえてしてこのような本能の存在に気づかないのは、それが非常にうまく機能していて、苦もなく自動的に情報を処理しているからだ。
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@1625
重要なのは、特化して最適化された本能の回路は、スピードとエネルギー効率のメリットすべてをもたらすが、その代償として意識のアクセス範囲からはさらに遠ざかることだ。
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@1628
この状況はコスミデスとトゥービーが「本能失認」と呼ぶものにつながる。すなわち、私たちは自分の行動のまさに原動力である本能を見ることができない( 19)。これらのプログラムにアクセスできないのは、それが重要でないからではなく、きわめて重要だからである。
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@1654
人工知能の分野で起きたことについて考えよう。一九六〇年代、「馬は哺乳類の一種である」というような事実によって決まる知識を処理するプログラムが急速に進歩した。しかしそのあと、この分野は速度を落としてほとんど停止してしまう。歩道を縁石から落ちずに歩いたり、カフェテリアがどこにあるか思い出したり、小さな二つの足で 丈 のある体のバランスをとったり、友だちを見わけたり、ジョークを理解したりといった、「単純な」問題を解明することのほうがはるかに難しいことがわかったのだ。
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@1660
なんでもなくて楽に見えることほど、その背後に大規模な回路があるからそう見えるのだと疑う必要がある。
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@1685
男性がとくに魅力的だと思う女性のプロポーションが驚くほど狭い範囲に収まることがわかっている。ウエストとヒップの理想的な比率は〇・六七から〇・八のあいだにある。《プレイボーイ》のグラビアページの女性は、時代とともに平均体重は減っているが、ウエスト対ヒップの比率はいつの時代もほぼ〇・七だ( 22)。この範囲に入る比率の女性は男性に魅力的だと判定されるだけでなく、健康で、ユーモラスで、知的だとも思われる( 23)。
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@1697
の考えでは、「紳士は金髪がお好き」という軽口には一粒の生物学的真実が含まれているかもしれない。つまり、色の薄い女性は病気の兆候を示しやすいが、顔の色が浅黒い女性は欠陥をうまくごまかせる。健康についての情報が多いほうが良い選択ができるので好ましい、というわけだ( 24)。
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@1723
あなたがちらりと見た魅力的でない人を美しいと信じた場合、二度見をすればまちがいを正すことができる──それほど高い代償ではない。一方、あなたが魅力的な相手を魅力的でないとまちがえた場合、バラ色かもしれない遺伝子の将来に「さよなら」を言うおそれがある。したがって、知覚系にしてみれば、ちらりと見た人が魅力的だという作り話を提供するのは当然のことだ。
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@1741
女性は月経周期のうち妊娠能力が最も高いとき──月経の約一〇日前──に最も美しいと見られることが判明している(
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@1755
妊娠能力がピークのとき、ダンサーは平均で一時間に六八ドルを集めている。生理中はたった三五ドル程度だ。そのあいだは平均で五二ドル。
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@1782
遺伝子プールの混合は、ほぼどんな場合も生物学的に得策である。遺伝的欠陥を最小限に抑え、雑種強勢と呼ばれる遺伝子の健全な相互作用につながる。
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@1793
男性は日常的に出る汗を布に吸収するように、綿のTシャツを渡されて着用した。そのあと再び実験室で、女性はそのTシャツのわきの下に鼻をうずめ、好みの体臭を選ぶ。結果は? マウスとまったく同じように、女性たちは自分と似ていないMHCの男性を好んだ。
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@1833
この部分のコピーがない人、一つある人、二つある人がいるのだ。コピーが多ければ多いほど、血流中のバソプレシンが脳内でおよぼす影響が弱くなる。その結果は驚くほど単純だった。コピーの数はその男性の一雌一雄関係形成の行動と相関していたのだ。RS3 334のコピー数が多い男性ほど、一雌一雄関係形成の測定値──恋愛関係の強さ、自覚している結婚問題、配偶者が認識している結婚の質などの測定値──が悪い。コピーが二つある人は未婚の可能性が高く、結婚している場合も結婚生活に問題を抱えやすい傾向があった。
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@1843
進化心理学者は愛情と離婚に目を向けるようになった。そしてすぐに、人が恋に落ちるとき、情熱と心酔がピークに達するまでの期間は最大三年であることに気づいた。体と脳の内部信号は文字どおり催淫剤である。そしてそのあとは下り坂に入る。この観点から考えると、子どもを育てるのに必要な時間──平均で約四年──が過ぎると、私たちはセックスのパートナーに対する関心を失うよう、あらかじめプログラムされているのだ(
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@1850
離婚がいちばん多いのは結婚の約四年後であるという、彼女の仮説と一致する事実を発見した(
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@1863
意識のある あなた は脳内でいちばん小さな端役であることだ。王位を継承して、国の繁栄を自分の手柄にする若い国王のようである──国の営みを維持している何百万人という労働者のことを自覚していない。
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@1962
人間の知性は、単純な機械のようなサブエージェントが大量に結びついている集団なのかもしれないと、ミンスキーは唱えている(
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@2005
脳は議会制民主主義に似ている( 7)。大勢の重複するエキスパートがいて、さまざまな選択に介入し、競いあっている。ウォルト・ホイットマンがいみじくも要約したように、私たちは大きくて、私たちのなかには大勢がいるのだ。そしてその大勢はつねに争っている。
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@2009
その結果、あなたは自分と言い争い、自分をののしり、自分をおだてて何かをさせるという、奇妙な芸当をなし遂げることができる──最新のコンピューターでもやらない芸当だ。
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@2043
リンカーンの言葉を借りれば、ライバルどうしは「大義のために」同盟を結ぶべきであり、神経細胞の小集団にとって共通の利益は、生命体の繁栄と生存である。進歩派と保守派がどちらも国を愛しているのに、それを目指すための戦略がまったくちがう傾向にあるのと同じように、脳には競いあう党派があり、みんな自分の考える問題解決方法が正しいと信じている。
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@2107
もし問題の構成が、歩道橋の上の男性はスイッチを入れれば落とし戸から落ちるということになっていれば、彼を落とすことを選ぶ人も大勢いるだろう。人と間近で相互作用することに伴う何かによって、たいていの人は男性を突き落として死なせることを思いとどまる。なぜだろう? その理由は、その種の個人的な相互作用が感情ネットワークを活性化することにある。問題が個人とは関係のない抽象的な計算問題から、感情を伴う個人的な決定に変わるのだ。
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@2136
ミサイルのオペレーターはボタンを押した結果をCNNの生放送で見ているかもしれない。相手に接近することがなくなり、感情の影響もなくなった。戦争行為のこの匿名性が、戦争を不安なほど容易にする。一九六〇年代にある政治思想家が、核戦争を開始するためのボタンは大統領のいちばんの親友の胸に埋め込むべきだと提言した。そうすれば、大統領は地球の反対側にいる大勢の人々を死滅させる決定を下したいとき、ボタンを手に入れるためにまず友人の体を傷つけ、その胸を引き裂かなくてはならない。
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@2143
多くの人々にとって判断のよりどころともなっている。「嫌な感じがするのなら、たぶんまちがっているのだ( 16)」。
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@2151
から人を突き落とすことに感じる嫌悪は、社会的相互作用にとってきわめて重要だからだ。トマホーク・ミサイルを放つボタンを押すことに対する無感覚は、文明にとって有害である。感情システムと理性システムのバランスが必要であり、人間の脳内ではそのバランスが自然淘汰によってすでに最適化されているのかもしれない。別の言い方をすると、党派が分かれている民主制こそが、あなたに必要なものかもしれない
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@2172
喜びを先延ばしにするのは難しい。そして いますぐ には格別なものがある──つねに最高の価値がつくのだ。カーネマンとトベルスキーの選好逆転現象が生じるのは、その割引が特殊なかたちだからである。具体的には、近い将来では急速に下落し、そのあとしばらく横ばいになる。遠い先ではいつでもたいして変わらないと言わんばかりだ。
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@2191
サブプライムローンの提案は、「いますぐほしい」システムをうまく利用するのにぴったりだった。この美しい家をわずかな支払いでいますぐ買って、友だちや両親をあっと言わせ、自分にできるとは思っていなかったような快適な生活をしよう。
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@2197
投機バブルを生むのは「事実に鈍感そうな伝染性の楽観主義であり、たいてい物価が上昇しているときに根を下ろす。バブルはもともと社会現象であり、それをあおる心理を私たちが理解して対処するまでは生まれ続けるだろう( 19)」。
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@2200
「いますぐほしい」契約の例を探し始めると、いたるところに見つかる。私が最近会った男性は大学生だったとき、自分の死後に体を大学の医学部に譲り渡すのとひきかえに、五〇〇ドルを受け取っていた。その取引を受け入れた学生はみな、何十年も先に体が届けられるべき病院がわかるように、足首に入れ墨をしている。大学にとっては楽な商売だ。いますぐの五〇〇ドルはうれしいし、死は想像もつかないほどのかなたにある。献体という行為そのものにまずいところはないが、これは原型的な二重プロセスの葛藤、世に言う悪魔との取引を説明するための恰好の例と言える。いま自分の望みがかなう代わりに、遠い将来に魂を取られる取引だ。
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@2271
短期党と長期党がどう相互作用するかについてのメタ知識を、心が学べることを浮き彫りにしている。その結果、驚いたことに心は別の時点の自分と交渉できる(
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@2294
神経生物学に合わせる方法があると、私は思っている。問題は、減量には継続的な努力が必要なのに、お金を失う期限は近づいていてもつねに遠い未来にあって、気がつくといきなり審判の日になっていることだ。神経学的に最適なのは、五キロ落とすまで毎日少しずつお金を失うことになるモデルだ。しかも失う金額は毎日一五パーセントずつ増えていく。そうすればお金を失う心の痛みを毎日じかに感じられ、その痛みが着実に強くなっていく。五キロ減量した時点で損失が止まる。これなら全期間を通じてこつこつと正直にダイエットをするようになる。
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@2305
患者は医師に透析をやめろと言ったり、過量のモルヒネをくれと言ったりする。そのようなケースは一般に倫理委員会にかけられ、委員会が決定することはだいたい同じだ。つまり、未来の患者はいずれ感情的なよりどころを取り戻し、また幸せになる道を見つけるのだから、死なせてはいけない。
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@2333
患者は同時に異なる課題をこなせる。正常な脳にはできないことである。分離脳の患者は、たとえば両手に鉛筆を持って、円と三角のような異なる図形を同時に描くことができるのだ。
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@2356
大脳半球切除術と呼ばれる片方の脳半球をすべて切除する(ラスムッセン脳炎で引き起こされる難治性てんかんの治療のために行なわれる)手術で実証されている。驚くべきことに、子どもが八歳くらいになる前にこの手術を行なえば、その子は元気だ。もう一度言おう。脳の半分しか残っていなくても、その子は元気だ。食べる、読む、話す、計算する、友だちをつくる、チェスをする、両親を愛する、そのほか二つの脳半球をもつ子どもができることはすべてできる。
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@2360
脳の どこの 半球でも取り除けるわけではない。前半分や後ろ半分を切除して生存を期待することはできない。しかし右半分と左半分は、お互いのコピーのようなものであることははっきりしている。
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@2377
最終的に、かかわる党派は二つどころかもっとたくさんあって、みんなが情報を書き留めていて、あとで話すのは自分だと競いあうのだ( 31)。記憶は一つという信念は幻である。
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@2398
人工知能とはちがって、生体内プロセスは別のアプローチをとる。たとえば、動きを感知する生物回路でつまずいたとき、それを報告するべきチーフプログラマーがいないので、ランダムな突然変異が回路の新たな変化形を際限なく開発し続け、思いがけない独創的な新しい方法で動きの感知を解決する。
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@2412
党の主要な意思決定者が全員飛行機事故で死亡したとして、それを脳の損傷になぞらえて考えよう。多くの場合、一つの党が凋落すると、対立するライバル集団の反対意見が目立つようになる──前頭葉が損傷を受けると、万引きや立ち小便のような不品行が出るようになるのと同じだ。しかし、政党の消滅が気づかれない場合もあるどころか、そちらのほうがはるかに一般的かもしれない。
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@2418
脳の損傷が行動や知覚に奇妙な変化をもたらす変わった臨床例一例につき、脳の一部が損傷を受けても臨床的兆候が認められない症例は何百とあるのだ。   専門分野が重複するメリットは、「認知予備力」という新たに発見された現象に見られる。検視解剖でアルツハイマー病による神経の壊滅的損傷が見つかったのに、生きているあいだはまったく症状を示していなかった人が大勢いる。
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@2440
たとえ失明していても、勘を働かせることができる──彼女の脳内の 何かが見ているということだ。それは視覚野の健全性に依存している意識的な部分ではない。この現象は盲視と呼ばれ、意識的な視覚がなくなっても、陰で通常のプログラムを動かしている皮質下の工場労働者がいることを、私たちに教えている。
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@2469
に「他人の手症候群」と呼ばれる障害がある。『死霊のはらわた』ほどドラマチックではないが、考えはほぼ同じだ。他人の手症候群は、先ほど論じた分離脳手術で生じるおそれのあるもので、二つの手が対立する欲望を示す。患者の「他人の」手はクッキーを取って口に入れるのに、正常に行動する手はそれを止めようとして手首をつかむ。そしてもみ合いが起こる。あるいは、片方の手が新聞を拾い上げ、もう一方の手がそれをはたき落とす。片方の手がジャケットのファスナーを上げ、もう片方の手がそれを下げる。他人の手症候群の患者のなかには、「やめろ!」と叫ぶことで反対の脳半球(と他人の手)が引き下がる人もいる。
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@2477
この状況にある患者はよく「誓って私がやっているのではない」と言う。この言葉は私たちを本書の重要な論点に引き戻す──「私」とは誰なのか?
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@2507
私たちはエイリアン・サブルーチンを実行するだけではなく、それを正当化する。自分の行動について、まるでそれが前からずっと自分の考えだったかのように、過去にさかのぼって話をでっち上げる方法があるのだ。
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@2522
脳のある部位が選択をすると、ほかの部位がすかさずその理由を説明する話を考え出せる。右脳半球(言語がない半球)に「歩け」という命令を示すと、患者は立ち上がって歩き始めるだろう。彼を止めて、なぜ出ていくのかと訊くと、彼の左脳半球が答えをでっち上げ、「水を飲みに行くつもりでした」というようなことを言う。
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@2526
左脳半球は体の活動や行為を観察し、起こったことに首尾一貫した物語をあてがうという、「解説者」の役を果たすのだと結論づけた。そして損傷のない正常な脳でも、左脳半球はこのように働く。隠れたプログラムが行動を引き起こし、左脳半球が言い訳をする。過去をさかのぼって話をつくる
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@2535
研究結果によると、人は何かを読んでいるときに鉛筆を歯でくわえている場合のほうが、その読み物をおもしろいと考える。なぜなら、顔に浮かべているほほ笑みに解釈が影響されるからだ。前かがみにならずに背筋を伸ばしてすわっている場合のほうが、幸せに感じる。口や背骨がそうなっていると、愉快だからにちがいないと脳が思い込むのだ。
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@2544
疾病 失認」と呼ばれる。この用語は、機能障害についての自覚がまったくないことを表わし、その典型的な例が、誰の目にも明らかな麻痺を完全に否定する患者である。ダグラス判事はうそをついていたわけではない──彼の脳は実際に彼がちゃんと動けると信じていたのだ。このようなつくり話は、脳が首尾一貫した話を組み立てるためには労を惜しまないことを示している。部分的に麻痺している疾病失認の患者は、ここにハンドルがあるとして両手をその上に置くように言われると、片手を上げるが、もう片方は上げない。両手ともハンドルの上にあるかと訊かれると、あると答える。手をたたくように言われると、片手だけを動かすだろう。「手をたたきましたか?」と訊かれると、たたいたと答える。音が聞こえなかったことを指摘され、もう一度やってと言われると、何もやらないかもしれない。理由を訊かれると、「やる気がしない」と言う。
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@2558
システムに矛盾を気づかせるには、脳の特定領域が決定的に重要であることがわかっている──とくに、 帯状 回 前部 と呼ばれる領域だ。矛盾を監視するこの領域のおかげで、両立しない考えはどちらかの側が勝つことになる。そして無理に両立させるか、論争の片方の立場を無視するか、いずれかの話が組み立てられる。
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@2593
いったん自転車の乗り方を覚えれば、脳は筋肉が何をしているかについて説明をでっち上げる必要はない。
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@2596
脳の物語力が本格的に始動するのは、事態が矛盾しているか、あるいは理解しがたい場合にかぎられる。
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@2613
心はパターンを探す。サイエンスライターのマイケル・シャーマーが導入した表現によれば、心は「パターニシティ」に駆り立てられる──意味のないデータに構造を見つけようとするのだ( 42)。進化はパターン探しを好む。なぜなら、神経回路の迅速で効率的なプログラムにわからないことを減らせる可能性があるからだ。
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@2677
ゲームがうまくなるにつれて、脳の活動は少なくなる。エネルギー効率が高くなるのだ。あなたが誰かの脳を測定して、仕事をしているあいだ活動が非常に少ないことがわかったとしても、彼が努力していないとはかぎらない──むしろ過去に一生懸命努力して、回路にプログラムを焼きつけたしるしである可能性が高い。
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@2688
たいていの動物は特定のこと(松ぼっくりのなかから 種 をほじくり出すなど)をとても上手にやるが、新しいソフトウェアをダイナミックに開発する柔軟性をもつ(人間のような) 種 はわずかしかいない。  柔軟になれる能力があるにこしたことはないと思われるが、ただで手に入るわけではない──代償は長期にわたる子育ての負担だ。大人の人間のように柔軟になるためには、何年間も無力な幼児として過ごす必要がある。人間の母親はたいがい一度に一人だけ子どもを育て、一定の期間世話をするが、このようなことは動物界でほかに聞いたことがない(実行不可能である)。
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@2694
食べ物のようなものを食べ、迫ってくるものから後ずさりする」など)だけを実行する動物は、「卵をたくさん産んで、うまくいくように願う」というような、異なる子育て戦略を採用している。新しいプログラムを書く能力がないので、使えるマントラは一つだけ──敵に頭脳で勝てないなら、数で 凌駕 せよ。
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@2718
私の考えでは、意識があるかどうかの指標は対立するゾンビ・システムをうまく仲裁できる能力である。固定的な入出力サブルーチンの寄せ集めに見える動物ほど、意識がある証拠は少ない。
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@2724
私たち人間はプログラム間の仲裁力をもっているおかげで、この難局を逃れて決定することができる。すぐに、どちらかの結果に向かうよう自分をおだてたり、非難したりする方法を見つけるのだ。私たちのCEOはとても賢明なので、かわいそうなラットが何もできなくなるような単純な監禁状態から、私たちを脱出させてくれる。これこそ、神経の機能全体のなかでは端役しか果たさない意識が、真に輝く道なのかもしれない。
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@2758
人が秘密を見ず知らずの人に話す傾向にあるという事実からも明らかである。知らない人に話せば、神経の葛藤は代償なしに消える可能性がある。だからこそ、飛行機で知らないどうしがざっくばらんに自分の夫婦間の問題を詳しく話すのであり、告解室は相変わらず世界最大の宗教に必須の要素なのである。同様に、人はなぜ祈るのかもこれで説明がつくのかもしれない。とくに、無限の愛をもってじっくり耳を貸してくれる人格神を信じる宗教ではそれが言える。
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@2768
人が秘密を漏らすのは助言がほしいからではなく、ただそうしたいからだ。秘密を聞いてわかった問題に対する解決策を聞き手が思いつき、それを提案するというまちがいを犯した場合、話し手はいらだつ。話し手が 本当に 望んでいるのは話すことだけなのだ。秘密を話すという行為そのものが解決策である。なぜ、秘密の受け手が人間──または神々のように人間に似た存在──でなくてはならないのか、これは疑問のままである。壁やトカゲやヤギに秘密を話しても、満足度がはるかに低い。
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@2783
以前のアプローチは分業という有益な一歩を踏み出した──が、結果としてでき上がったプログラムは、意見の競合がないために力不足である。
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@2788
人間のプログラマーは問題に対して、解決するための 最善の 方法があるという前提でアプローチする。つまり、ロボットに解決される はず の方法があると決めてかかる。しかし生物学から引き出せるいちばんの教訓は、問題にさまざまな重複する方法で取り組む集団を集めてチームをつくるほうが良い、ということだ。
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@2817
酔っ払ったときの暴言に話を戻すと、「本性」などというものがあるのかと問うことができる。行動とは内部システムどうしの争いの結果である
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@2834
意識のあるあなたが、従来直感していたほど心のメカニズムを支配していないのなら、責任というのはいったい何を意味するのか?
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@2889
どの程度「彼のせい」だと考えるかが、腫瘍の有無で変わるのだろうか? あなただって運悪く腫瘍ができて、自分の行動を制御できなくなる可能性は十分にあるのではないだろうか?  しかしその一方で、腫瘍のある人に罪はないとか、腫瘍のある人は犯罪を見逃してやるべきだと断定するのは、危険ではないだろうか?
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@2908
あなたの生体が変化すると、あなたの決断、欲求、そして願望も変化する可能性があるのだ。あなたが当然と思っている動因(「私は異性/同性愛者である」、「私は子ども/大人に魅力を感じる」、「私は攻撃的である/ではない」など)は、細部が複雑に入り組んだ神経のメカニズムで決まる。
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@2921
脱抑制行動の一般的な例は、 前頭 側頭 認知症の患者に見られる。前頭葉と側頭葉が変性する痛ましい病気で、脳組織が失われるので、患者は隠れた衝動を抑制する能力を失う。
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@2928
前頭側頭認知症患者の五七パーセントが、法律上のトラブルに巻き込まれるような社会的違反行為を示す
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@2951
人は自分の行動を自由に選択している(「私は意志が強いからギャンブルはしない」)と信じたい人たちに、小児性愛者のアレックス、万引きする前頭側頭認知症患者、ギャンブルをするパーキンソン病患者の症例は、ものの見方をもっと注意深くあらためるように促している
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@2964
非難に値するかどうかを考える場合、考慮すべき最初の難題は、人は自分の育ち方を選んでいないことである。
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@2973
もしあなたがある特定の遺伝子セットをもっていたら、凶悪犯罪者になる可能性が八八二パーセントも上昇する
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@2977
もしあなたがこの遺伝子をもっていたら、加重暴行を犯す可能性は八倍、殺人を犯す可能性は一〇倍、強盗を犯す可能性は一三倍、そして強姦を犯す可能性は四四倍高くなるのだ。  人間のおよそ半分がこの遺伝子をもっていて、残りの半分はもっていないので、もっている半分のほうがはるかに危険である。比べものにならない。囚人の圧倒的多数がこの遺伝子をもっていて、死刑囚の九八・四パーセントがもっている。
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@2990
例の危険な遺伝子セットのことだが、あなたも聞きおぼえがあるだろう。それはまとめてY染色体と呼ばれ、それをもっている人は男性と呼ばれる。
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@3019
狂ったサーカスのゾウに関して、私たちはわざわざ責任を問うことさえしない。ゾウの弁護を専門にする弁護士はいないし、長々とかかる裁判もないし、生物学的な刑罰軽減の議論もない。市民の安全を守るために、最も直接的な方法でゾウに対処するだけだ。結局、タイクもトプシーもメアリーも、単に動物であると理解されている。つまり、ゾウのゾンビ・システムの重たい集合体にすぎないのだ。  それにひきかえ人間のこととなると、法制度は私たちには自由意思が ある ことを前提にしている
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@3052
トゥーレット患者にとって不幸なことに、彼らの口から出てくる言葉はたいてい、本人がその状況でいちばん言いたくない言葉である。声を上げてはならない人やものを見ることが引き金となって、汚言症は起こる。たとえば、肥満体の人を見ると、どうしても「でぶ!」と叫んでしまう。禁断の考えだからこそ、それを叫びたい衝動に駆られるのだ。
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@3057
第一に、高度な行動は自由意思なしにも起こりうる。つまり、自分や他人の複雑な行為を目撃したからといって、その裏に自由意思があると思い込んではいけないということだ。第二に、トゥーレット患者はそれをし ない ことができない。自由意思を用いて、脳のほかの部分がやると決めたことを 覆したり抑制したりすることができない。彼らにはやらない 自由意思がないのだ。
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@3096
殺人夢遊病を法廷で裁くのは困難をきわめる。なぜなら、世間の反応は「いかさまだ!」という叫びだが、実際、脳は睡眠中には別の状態で活動していて、夢遊病は検証可能な現象だからだ。
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@3130
彼らの脳内活動は動こうという衝動を感じる 前に 生じ始めるのだ。しかもほんの少しではない。一秒以上前である(次の図を参照してほしい)。言い換えれば、本人が衝動を意識的に経験するよりかなり前に、脳の一部が意思決定をしていたのだ(
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@3138
意識は指揮系統のなかで最後に情報を受け取るというのは本当なのだろうか? 彼の実験は自由意思にとどめを刺したのだろうか? リベット自身、自分の実験によって生じたこの可能性について思い悩み、ついに、私たちは 禁止 権というかたちで自由を維持しているのだろうと提言した。つまり、指を動かそうという衝動を感じるという事実は制御できないが、指を上げるのをやめるためのわずかな時間は確保しているのかもしれない。これで自由意思は救われるのか? 難しい問題だ。
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@3149
コイン投げかビリヤード球かだが、どちらの場合も、私たちが望む意味での自由ではない。
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@3150
カオス理論に目を向け、脳は非常に複雑なので、次の動きを決めることは実質的にできないのだと指摘して、自由意思を救おうとする思想家もいる。これはそのとおりだが、自由意思の問題にきちんと取り組んでいない。なぜなら、カオス理論で研究されているシステムもやはり決定論的で、一つのステップが必然的に次のステップにつながるからだ。
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@3175
私の考えでは、 自由意思の問題に対する答えは重要でない ──少なくとも社会政策にとっては。理由はこういうことだ。法制度には、「 自動現象」と呼ばれる抗弁がある。この申し立てがなされるのは、人が意識のないまま行動するとき、たとえば、てんかんの発作のせいでドライバーが通行人のほうにハンドルを切ってしまった場合だ。
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@3193
たとえ一〇〇年後に自由意思の存在が決定的に証明されるとしても、人間の行動のほとんどが意思の見えざる手とはほとんど関係なく働くという事実は変わらない。
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@3251
有罪判決を受けた殺人者と対照被験者の脳の活動には測定可能な差があることがわかったが、その差は微妙であり、グループ測定にしか表われなかった。したがって、基本的に個人を診断する力はない。精神病質者の神経画像検査についても同じで、脳の生体構造の測定可能な差が当てはまるのは集団レベルだけで、個人の診断にはいまのところ役に立たない(
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@3267
脳に測定可能な問題があれば、それは被告人への情状酌量に値する。本当は彼に責任はないのだ。  しかし、生物学的な問題を検出するための技術がなければ、私たちはやはり人を非難する。ここが議論の核心だ── 非難に値するかと問うのはまちがっている。
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@3274
非難に値する側にいる一般的な犯罪者は、脳をほとんど調べられないし、いずれにしても現在の技術ではほとんど言えることがない人たちである。
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@3285
脳の測定問題をうまく解決できるようになるにつれて、断層線が右に動いていくのだ。いまは不透明な問題が新しい技術によって検討できるようになり、いつの日か、ある種の悪い行ないに意味のある生物学的説明ができるようになるかもしれない
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@3292
有責性が現在の技術の限界で決まるというのは筋が通らない。有罪と宣告された人間が、一〇年後には有罪でないと宣告されるような法制度は、有責性の意味が明確でない制度である。
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@3301
すべての原因を特定することは私たちにはできないし、おそらく永遠にできるようにならないが、そうであるかぎり、どんな人の異常性にも神経生物学的な理由があることを認めるべきである」。
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@3308
私が言いたいのは、どんな場合も犯罪者は、ほかの行動をとることができなかったものとして扱われるべきである、ということだ。
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@3310
犯罪行為そのものが脳の異常性の証拠と見なされるべきだ。
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@3318
社会には罰を与えたいという強い欲求が深く根づいているが、前向きな法制度が問題にするのは、どうすればこれから先いちばん社会のためになるか、である。
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@3321
刑期は血に飢えた欲求を基準に決めるものではなく、むしろ、再犯のリスクに合わせて調整できる。
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@3341
将来的に社会にとって危険人物になりそうもない人もいて、そういう人は短い刑期を宣告される。数理計算的アプローチの予測力を、仮釈放委員会と精神科医のそれと比べると、まるで競争にならない。数字は直感にまさるのだ。現在この数理検定は全国の法廷で刑期を決めるのに使われている。
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@3373
前頭葉切断術(もともとの呼び名は白質切断術)を考案したエガス・モニスは、前頭葉を外科用メスで処置することによって犯罪者を助けることは正しいと考えていた。前頭前皮質に出入りする接続を切断する簡単な手術によって、しばしば人格ががらりと変わり、知的障害も起こりえる。  モニスは数人の犯罪者にこの手術を試し、彼の思いどおりに、手術が彼らを落ち着かせることを発見した。
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@3388
ロボトミーが犯罪を止めるのなら、なぜ行なわないのか? 倫理的な問題のかなめは、国家がどれだけ市民を変えることができるようにするべきか、である(*)。
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@3391
この問題はロボトミーのようなセンセーショナルなものだけでなく、もっと目立たないかたちでも頭をもたげている。たとえば、カリフォルニア州とフロリダ州で現在行なわれているように、再犯の性犯罪者は化学的去勢を強制されるべきなのか?
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@3401
衝動抑制の弱さは、刑務所制度における犯罪者の大半がもつ顕著な特徴である( 29)。彼らは行為の善悪の区別はだいたいわかっているし、刑罰の厳しさも理解している──が、自分の衝動を抑制できなくて挫折する。路地で高価なハンドバッグを持っている女性を見ると、その機に乗じることを考えずにはいられない。
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@3415
実験者は欲求に関与する脳領域を特定する。すると、その領域のネットワーク内で起こる活動がコンピューター画面上に縦棒で表わされる。あなたのやるべきことは、その棒を短くすることだ。棒はあなたの欲求温度計の役割を果たす。欲求ネットワークが高速回転していると棒は長くなり、あなたが欲求を抑えていれば棒は短くなる。
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@3427
ティーンエージャーと大人の脳のおもなちがいは、前頭葉の発達である。人間の前頭前皮質は二〇代に入るまで完全には発達しないものであり、これがティーンエージャーの衝動的行動を引き起こす。
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@3464
外国人恐怖症を例にとろう。これはまったく自然なことだ。人は容姿も話し方も自分に似た人のほうを好む。部外者への嫌悪は卑劣だが珍しくはない。
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@3488
堅持する価値はあると主張する人もいる。この主張によると、現実に即しているかどうかは別にして、平等は「とくに尊重すべき社会秩序を構築し、公正と安定に役立つ反事実的条件文をつくる( 33)」。つまり、前提は確かにまちがいかもしれないが、それでも有益だというのである。  私の意見はちがう。
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@3496
アメリカの法律はこのことを下手に認めて、一七歳と一八歳のあいだに明確な線を引いている。そしてアメリカの最高裁判所はローパー対シモンズ裁判で、一八歳未満の者が罪を犯したとき死刑判決を下してはならないと裁定した( 35)。さらに法律はIQの問題も認めている。ゆえに、最高裁判所は精神障害者が死罪で刑に処されることはないという同様の判決を下している。
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@3513
あなたの直感は、罰の目的について重要なことを見抜いているのかもしれない。この場合、重要なのは非難に値するかについての直感よりも(眠っているとき彼女は非難に値しないのは明らかだが)、修正可能かどうかについての直感である。行為が 修正可能 なときだけ罰するという考えだ。
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@3517
いつの日か、私たちは神経の可塑性にもとづいて刑罰を決定できるようになると、私は思っている。古典的な条件づけ(アメとムチ)が功を奏する脳をもつ人もいれば、精神病、社会病質人格、前頭葉発達障害、その他の問題のせいで、変化しにくい人もいる。苛酷な岩砕きの刑のような罰を考えよう。囚人がもうここには戻りたくないと思うようにするための罰だとしたら、その意図をきちんと受け止めるだけの脳の可塑性がなければ、この罰は意味がない。
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@3569
本章での私の主張は、何が非難に値するかを再定義することではなく、非難に値するという言葉を法律用語から排除することである。非難に値するかどうかは後ろ向きの概念であり、人生の軌跡となっている遺伝と環境のがんじがらめのもつれを解きほぐすという、不可能な作業を必要とする。たとえば、有名な連続殺人犯は決まって子どものときに虐待されていることを考えよう( 39)。それで彼らは非難に値しなくなるのか? 誰が気にする? そんなことを訊くほうがまちがっている。
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@3577
「非難に値する」の代わりに用いるべきなのが「修正可能である」という概念である。
—-

@3582
判決を下すのに科学的アプローチを取るのは不当ではないかと思う人もいる──その場合、人道はどこにあるのか、というわけだ。しかしこの懸念には、つねに疑問をぶつけるべきだ。代替案は何か? 世の常として、醜い人は魅力的な人より長い刑期を宣告される。精神科医はどの性犯罪者が再犯するかを予測できない。投獄するより更生プログラムを受けさせたほうが有益かもしれない薬物中毒者で刑務所は超満員だ。現在の判決は本当に証拠にもとづく科学的アプローチよりも望ましいものなのだろうか?
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@3603
神経科学は意識が船の操舵手でないことを示してきた。宇宙の中心から転落してわずか四〇〇年後、私たちは自分自身の中心からも転落したのだ。
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@3615
これほど権威を失墜させられた人間には何が残されているのか? 宇宙の果てしなさが明らかになって、人類がいかに取るに足らないかも明らかになったと考える人もいる──人間の重要性はだんだん小さくなっていき、ほぼ消滅した
—-

@3640
これだけ権威を失墜したあと、本当に人類には何も残されていないのだろうか? 状況は逆だろう。すなわち、さらに綿密に調べていくと、顕微鏡下の華やかな世界や理解しがたいほど大規模な宇宙を発見するようになったのと同じように、既存の知識の枠組みにおさまらない、はるかに広範な考え方が見つかるのだ。
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@3649
たとえ生命が現われる惑星は一〇億個に一個でも、宇宙には活気にあふれる惑星が何百何千万とあるかもしれないのである。私が思うに、冷たくよそよそしい天体に囲まれてさびしく中心にすわっているよりも、そのほうが壮大で楽しい考えだ。権威失墜がより豊かで深い理解につながり、自己中心性とともに失ったものを驚きと感嘆が埋め合わせる。
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@3706
私たちが内観に熟達できないというわけではない。実際にそこに見えているものに対して画家並みに注意を払えるようになれるし、自分の内なる信号に対してヨーガ行者並みに耳を傾けることもできるのだ。しかし内観には限界がある。
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@3712
リード・モンタギューはかつて、私たちには自分を自分自身から守るアルゴリズムがあるのかもしれないと考えた。たとえば、コンピューターにはオペレーティングシステムがアクセスできないブートセクタがある──コンピューターの動作にとって非常に重要なので、ほかのどんなハイレベルのシステムも、どんな状況であっても、侵入を許されない。モンタギューは、私たちは自分のことを深く考えすぎると必ず「落ちる」傾向があることに気づいた。そしてその原因はおそらく、私たちがブートセクタに近づきすぎていることにあると述べている。
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@3718
自分という人間の大半は、本人の意見や選択がおよばないところにある。あなたが何を美しいと感じ、何に魅力を感じるか、その感覚を変えようとすることを想像してほしい。もし世間から、現在あなたの好みでない性別の誰かを好きになれと言われたら、どうなるだろう?
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@3831
コカインはまったくおもしろみのない分子である。一七個の炭素原子、二一個の水素、一個の窒素、そして四個の酸素。コカインの コカイン たるゆえんは、それが偶発的にえた形がたまたま微細な報酬回路のメカニズムにぴったりはまることにある。
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@3869
てんかんの発作が側頭葉の特定のスイートスポットに集中している場合、本人は運動発作を起こさないが、その代わりもっと微妙な発作を経験する。その影響は認識発作のようなもので、特徴的なのは人格の変化、異常な信仰心(宗教への執着と宗教は必然という感覚)、ハイパーグラフィア(あるテーマについて、たいていは宗教について、大量に書く)、外界の存在についての錯覚、そしてしばしば神の声を聞くことである( 10)。歴史上の預言者、殉教者、そして指導者の一部は、側頭葉てんかんを患っていたようである(
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@3887
顕微鏡でしか見えない小さい生きものが巨大マシンの動きを乗っ取る例として私が気に入っているのは、狂犬病ウイルスである。
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@3892
直径わずか七五〇万分の一ミリのウイルスが、自分より二五〇〇万倍も大きい動物の巨体を乗っ取ることで生き延びる。
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@3913
抗鬱薬が「日常的な問題をうまくこなすのに役立つなら、そして覚醒剤が仕事上の期限や約束を守るのに役立つなら、動じない性分や誠実な性格も、人の身体の特徴にちがいないのではないか? もしそうなら、人に関することで身体の特徴では ない ものはあるのだろうか( 16)?」
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@3936
ヒトゲノム計画は、第一歩としてなされなくてはならないことだったのだ。しかし、次々と下層レベルに還元していっても、人間にとって重要な問題についてはほとんどわからない運命にあることは認めざるをえない。
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@3951
慣れない国で移民として生きることの社会的ストレスは、統合失調症発症のきわめて重要な因子の一つであることが判明している( 17)。世界各国の調査によると、最もリスクが高いのは、移住先の住民と文化や外見のちがいが最も大きい移民集団である。つまり、多数派からどれだけ社会的に受け入れられるかが、統合失調症発現の可能性と相関している。経緯はいまのところわかっていないが、繰り返し社会から拒絶されることがドーパミン系の正常な機能を混乱させるようだ。
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@3989
遺伝子と環境の組み合わせが最終結果にとって重要なのだ。
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@3993
鬱病の遺伝子があるのかと疑問を抱くようになった。そして探究を続けると、答えは「多少ある」だとわかった。 かかりやすくする 遺伝子はあるが、実際に鬱病になるかどうかは人生の出来事に左右されることが判明したのだ(
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@4009
暴力の連鎖を生む人と生まない人のちがいを理解したいと考えたカスピのチームは、ある遺伝子の発現度のちょっとした変化で、子どもにちがいが出てくることを発見した(
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@4016
一〇代で大麻(マリファナ)を吸うと大人になって精神病を患う確率が高くなるという見解に端を発している。しかしこの関連性が当てはまる人と当てはまらない人がいる。この時点で、あなたにも落ちが読めるだろう。遺伝子の変異がかかりやすさの根底にあるのだ。ある対立遺伝子の組み合わせは大麻常用と成人の精神病につながりが強く、別の組み合わせはつながりが弱い(
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@4031
あなたは生まれも育ちも、ましてや両者のもつれた相互作用も、自分で選ぶわけではない。遺伝子の青写真を受け継いで生まれてきて、いちばんの成長期を過ごす世界についての選択権はない。だからこそ、人は世界観も、人格も、意思決定能力も、まったくちがう状態で人生という舞台に上がる。これらは自分で選択したものではなく、配られた持ち札なのだ。
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@4044
還元主義は、人間の行動を理解しようとする者にとっては役に立たない。システムが要素とパーツでできているからといって、さらにはその要素とパーツがシステムの働きにとって非常に重要だからといって、要素とパーツが説明にふさわしいレベルであるということではない。
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@4050
一九世紀にはピエール シモン・ラプラスが、宇宙のあらゆる粒子の位置がわかれば、先のことを計算して完全な将来を知ることができる(そして方程式を逆転させてあらゆる過去を知ることができる)と示唆するまでになった。この歴史的なサクセスストーリーを核とする還元主義は、基本的に大きいものはすべてどんどん小さい要素に分けることによって理解できると提唱する。
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@4058
たくさんの要素とパーツを組み立てると、全体は合計より大きくなる可能性がある。飛行機をつくる金属の 塊 一つひとつはどれも 空を飛ぶ という特性をもっていないが、正しくくっつけ合わせると、でき上がったものは空中に浮かぶ。一本の細い金属棒ではジャガーを抑えようとする場合にあまり役に立たないが、数本を並べると 閉じ込め という特性をもつようになる。創発特性という概念
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@4077
ニューロンの物理学と化学を完全に解明したら、それで心を説明できるのか? おそらく無理だ。たぶん脳は物理の法則を破らないが、だからといって、詳細な生物化学的相互作用を記述する方程式を集めれば正しいレベルの説明になるわけではない。
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@4083
交通の流れをネジやスパークプラグなどの語彙で理解するには無理があり、むしろ制限速度、ラッシュアワー、運転中のイライラ、仕事が終わったらできるだけ早く家族のもとに帰りたいと思う人たち、などの観点から理解するべきなのと同じだ。
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@4114
量子力学の分野に「観測」の概念がある。観測者が光子の場所を測定すると、一瞬前には可能性が無限にあった粒子の状態が、観測によって特定の位置にまとまるというのだ。 観測 とは何なのか? 人間の心は宇宙の物質と相互作用するのだろうか( 29)?
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@4153
オッカムのかみそりと呼んだりする)が、思考節約の原理による論法の見かけの優雅さに惑わされてはならない。この論法は、これまで成功した回数と同じだけ失敗している。
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@4167
私たちより前のあらゆる世代は、宇宙を理解するための主要なツールはすべてもっているという前提で研究してきたが、例外なく全員がまちがっていた。光学を理解してもいないのに虹の理論を構築しようとすることを想像してほしい。あるいは電気の知識をもたずに稲妻を理解しようとすること、または神経伝達物質を発見する前にパーキンソン病に取り組むことを。私たちは幸運にも初めて完璧な世代に生まれた、つまり科学はすべてを包括しているという前提がついに真実である世代に生まれたとするのは、妥当と思えるだろうか?
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@4189
私たちの脳が理解できるくらい単純であるなら、私たちはそれを理解できるほど賢くないだろう。
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@4255
どちらか一方だけが「本当の自分」なのではない。どちらも同じ脳が生んだ結果である。脳のなかの対立によって「自分」が変わることを、事実として受け止める必要がある
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@4267
神経法学という新しい分野
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@4272
犯罪の有責性を問うことは無意味だとして、犯罪者の更生に重点を置く刑罰制度を提唱する。さらに最新の脳画像技術を用いて、衝動を抑制するように脳を訓練するという、具体的な新しい更生の手法も提案している。
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@4859
無意識のレベルで物事を結びつけるもう1つの例として、被験者に炭酸飲料を与えたあと、乗り物酔いを起こすようにすわっているイスを前後に揺らした。その結果被験者は、飲み物が吐き気を催すような動きと関係ないと(意識的に)よくわかっていても、炭酸飲料が嫌いになった。
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@4875
道路のうえにそびえるたくさんの巨大な何も書いていない看板は、実はサブリミナル広告の機械で、もっと仕事をしてもっと商品を買うようにそそのかしているのではないかと疑念をもつ。
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@4893
アスリートを注意深く観察すると、彼らは自分の世界に入るために、よく体を使った儀式を行なうことがわかる──たとえば、ボールをきっかり3回ドリブルし、首を左に曲げ、それからシュートする、といった具合だ。このような儀式は決まりきったことなので、アスリートを意識しない状態にするのだ。同じ目的で、繰り返しの決まりきった儀式は礼拝でもつねに使われる──たとえば、祈りをそらで唱えるのも、数珠をまさぐるのも、聖歌を歌うのも、意識のざわめきを鎮めるのに役立つ。
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@4923
興味深いのは、すべての脳に共感覚があるが、大部分の人は脳内の意識に上らないところで起こっている感覚の融合に気づかないままなのだという考察である。実際、誰もが心のなかに潜在的な数直線をもっているように思える。整数の数直線は左から右に進むかと訊かれれば、同意するのではないだろうか。空間数列共感覚者は、数列を自動的で一貫した具体的な3次元の配置ではっきり経験するところがちがう。
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@4940
一般的に、ウエストがこの範囲より細い女性は攻撃的で野心的と見られるが、太い女性は親切で献身的と見なされる。
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@4944
アルコールに関係するほかの概念(たとえば社交性)も、アルコールに関係する言葉のプライミングによって活性化する場合がある──したがって、ワインの入ったグラスを見るだけ(飲まない)でも、会話がスムーズになったりアイコンタクトが増えたりする可能性がある。もっと危険をはらむ、興味深い可能性として、高速道路沿いの広告板で酒の広告を見ると運転能力が下がる、ということもある。
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@5133
北米とヨーロッパの法廷で扱われた夢遊病殺人は68件あり、最初の事件は17世紀に記録されている。なかには不正な申し立ても何件かあるかもしれないが、それがすべてではない。最近では睡眠セックス──たとえば睡眠中のレイプや不貞──に関して、同じように睡眠時異常行動が法廷で考慮されるようになり、それにもとづいて無罪判決が下された裁判もいくつかある。
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@5178
100パーセントの確率で更生を成功させられる夢の世界を想像してほしい。それは刑罰制度がなくなるという意味だろうか? 完全にはなくならない。刑罰もやはり必要だという主張が妥当である理由は2つある。将来の犯罪者を思いとどまらせることと、自然な報復衝動を満足させることだ。
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@5253
私たちはどの遺伝子の組み合わせが最終的に社会にとって有益かをまったく知らない──そしてそれを知らないことが、遺伝子に対する介入に反対する確かな根拠になる。さらに、同じ遺伝子セットが環境次第で犯罪ではなく美徳を引き起こすかもしれない。攻撃性を誘発する遺伝子が、有能な起業家やCEOを生み出すかもしれないし、暴力を誘発する遺伝子が、人々から尊敬されてかなりの給料を稼ぐフットボールのヒーローを生み出すかもしれない。
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@5263
光合成はこの同じ温度範囲で量子力学の原理に従って作用することが明らかになっている。
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@5268
アインシュタインは親友のミケーレ・ベッソの姉と息子に、ベッソの死後、次のように書き送っている。「ミケーレは私より少し先にこの奇妙な世界を旅立ってしまった。そのことは重要ではない。過去、現在、未来の区別が消すに消せない幻にすぎないことを、私たち物理学者は確信している」。
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