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Author:チャディー・メン・タン、一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート、柴田裕之

Title:サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法

Date:金曜日 11月 30, 2018, 71 highlights

@292
脳の中の幸せの度合いを測定する方法がある。左の前頭前野と右の前頭前野の特定領域で活性化の度合いを比べればいい(
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@388
誰であろうと人と会ったらかならず、「この人が幸せになりますように」と、まず反射的に思う習慣が身についているところを想像してほしい。そんな習慣があれば、職場が一変する。
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@427
情動的な能力は生まれつきの才能ではなく、学んで身につけた能力であるというメッセージだろう。つまり情動的な能力は、練習の積み重ねで意識的に獲得できる
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@459
優れた職務遂行能力だ。さまざまな研究によって立証されているとおり、優秀さの要因としては純粋な知性や専門知識よりも情動面での能力のほうが二倍も重要だ(
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@462
楽観的な保険のセールスマンは悲観的な保険業者よりも、一年目で八パーセント、二年目で三一パーセント売り上げが多かった
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@490
アメリカ海軍のとりわけ有能な指揮官たちは、「並みの指揮官たちよりもポジティブで、社交性に富み、情動表現が豊かで劇的で、温かくて愛想が良く(たくさん笑顔を見せ)、人懐こく、民主的で、協力的で、人好きがし、『いっしょにいて楽しく』、感謝の念を表し、他人を信用し、穏やかですらある(
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@504
幸せはトレーニングで身につけることのできる技能だ。
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@509
誰もが、愉快な経験の強烈な幸福感や、不愉快な経験の痛みが薄れたあとに戻り着く、幸せの設定値というものをもっている。
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@546
ロンドンのタクシー運転手のほうが平均的な人よりも大きくて活動が盛んであることが研究からわかっている。それだけではない。ロンドンでタクシーを運転している期間が長いほど、海馬は大きく活動的になるのだからおもしろい(
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@569
情動に翻弄されるのではなく、情動と同化するのではなく、ひたすら情動を明瞭に客観的に眺めること
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@578
刺激と反応とのあいだには間隔がある。その間隔に、反応を選ぶ私たちの自由と力がある。
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@594
瞑想修行に長い時間をかけてきた達人ほど、 桃体の活性の度合いは低かった。これはおおいに注目に値する。 桃体は脳の中で特権的な地位にあるから
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@603
情動ラベリング」と呼ばれる自己統制の単純なテクニックがあり、これはたんに気持ちに単語のラベルをつけるというもの
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@667
大脳基底核は、私たちがやることなすことのいっさいを観察し、そこから決定の規則を引き出す。……どんなトピックに関するものであれ、私たちの人生の知恵は大脳基底核にしまわれている。大脳基底核はあまりに原始的なので、言語を司る大脳皮質とはまったくつながっていない。だから、自分が知っていることを言葉で私たちに伝えられない。脳の情動中枢や内臓とはよくつながっていて、気持ちという形で語りかけてくる。これは正しい、これは間違っているということを直感的な感覚として伝える( 19)。
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@782
単純に言えば、メタ注意というのは、自分の注意がそれたことを知る能力
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@811
幸せなのは心の基本設定状態 だからだ、と。心は穏やかで明瞭になると、基本設定に戻る。そして、その基本設定が幸せな状態なのだ。ただそれだけのこと。
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@815
幸せは追い求めるものではなく、自ら可能にするもの
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@829
ダンベルの重さに抵抗して筋肉を収縮させるたびに、筋肉が少し強くなる。瞑想のときにも同じプロセスが起こる。呼吸から注意がそれ、それをもとに戻すたびに、筋肉を収縮させるのと同じで、注意の「筋肉」が少し強くなる。
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@832
瞑想中にしばしば注意が呼吸からそれ、注意を向け直すことを繰り返さざるをえないので、やり方が間違っているように思えてくる。だがじつは、それが良いエクササイズになっている。
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@846
時間がなかったり、その両方だったりするのなら、これでもう瞑想は終わったと言ってしまってもかまわない。良い意図を生み出すという行為自体が、瞑想の一形態なのだ。意図を生み出すたびに、あなたは心の習慣をそっと形作ったり強化したりしている。
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@857
意図を生み出したら、今度は 呼吸をたどる。
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@866
たいていの人は、数秒だけだ。そして、 気が散った状態 に陥る。  その状態で、私たちはあれこれ思いを巡らせたり、心配したり、空想に耽ったりする。私は心配していないところを空想することさえある。しばらくすると、注意がそれたことに気づく。そのとき、たいていの人が見せる、基本設定された反応は、自己批判だ。
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@874
自分自身に対する 態度 を自覚することだ。自分をどう扱っているか、自分についてどれほど頻繁にひどい陰口をつぶやいているか、考えてみる。できれば、その態度を、自分に向けた優しさと好奇心に替えてほしい。この変化自体も瞑想だ。
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@891
瞑想は好きな姿勢でしてかまわない。
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@939
かゆくてどうしても体をかきたくなったら)、反応する前に五回息を吸ったり吐いたりしてみよう。なぜそうするかと言えば、刺激と反応のあいだに 間 を置く練習になるからだ。刺激と反応のあいだに間が置けるようになればなるほど、自分の情動生活をコントロールできるようになる。
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@1049
ウェイトトレーニングをたっぷりやれば、スポーツジムで鍛えている以外のときでさえ、筋肉が隆々としている。それと同じように、瞑想トレーニングをたっぷりやれば、何もしていないときにさえ、穏やかさ、明瞭さ、喜びという、心の筋肉が隆々としていることだろう。
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@1094
さまよう注意を自発的に繰り返し引き戻す能力は、 分別や人格、 意志の根源にほかならない。 それなしでは、 いかなる者も自分の主とは言えない。
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@1256
他人の話に耳を傾けないのは、自分の気持ちや心の中のおしゃべりに気がそれるのが一番の原因だ。
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@1375
重荷になるほど長く練習をしてはいけない。短時間の練習を頻繁にやれば、マインドフルネスの練習はすぐに道楽のように思えてくる
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@1381
瞑想する意図を生み出すこと自体が瞑想
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@1395
瞑想と眠りに落ちることが、重要な特徴をひとつ共有しているからだ。どちらも、執着を捨てることにかかっている。
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@1626
平均的な実績をもつ人はたいてい、能力全般の査定で自分の長所を過大評価するのに対して、優れた実績をもつ人の場合、それは 稀 で、彼らはどちらかと言えば、過小評価しがちだった。自分に対して高い基準を課している証拠だろ
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@1664
私はエンジニアだから、それをこんなふうに考えている。自分の失敗モードと復元モードという、私が機能するうえで重要なふたつのモードを理解すれば自信につながるのだ。あるシステムを完璧に理解し、それがどんなふうに故障するかを正確に知っていれば、それがどんなときには故障しないかも知っていることになる。その場合、私はそのシステムが完全ではないことを知っていながら、そのシステムに対して強い自信をもつことができる。なぜなら、どんな状況でも何をどう調節すればいいか、わかっているからだ。そのうえ、故障のあとシステムがどう復元するかも正確に知っていれば、故障したときにさえ自信をもっていられる。システムがすばやく復旧して、故障が取るに足りないものとなる条件がわかっているからだ。
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@1826
失業した知的職業人に、五日連続で毎日二〇分ずつ、自分の気持ちについて自分に向かって書いてもらった( 10)。すると、ジャーナリングをしなかった対照群よりも、新しい仕事を見つける率がずっと高かった。八か月後、彼らの六八・四パーセントが就職できたのに対して、対照群の就職率は二七・三パーセントにとどまった。
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@1873
私たちは自分の情動ではないのだ。  私たちはたいてい、自分の情動が自分だと思っている。これは、情動を言葉で言い表すときにも反映されている。たとえば、「I am angry」「I am happy」「I am sad」という具合に、まるで怒りや幸せや悲しさが自分であるかのように、あるいは、自分になったかのように言う。
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@1888
思考と情動は雲に似ていて、美しいものもあれば、暗いものもある。一方、私たちの核を成す存在は空のようなものだ。雲は空ではなく、空で起こる現象で、現れては消える。同様に、思考と情動は私たち自身ではなく、心と体で起こるたんなる現象で、現れては消える。
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@2017
枯れる花は苦しみを引き起こさない。花が枯れないようにという非現実的な願いが苦しみを生み出すのだ。
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@2028
痛みがないときには、痛みがないことを意識しよう。これは、何重もの意味でとても強力な練習だ。まず、これによって幸せが増す。
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@2042
苦悩は自然に湧き起こる現象だと気づくことが重要だ。誰もがときどき苦悩を経験する。この世の中で悟りに基づく平穏の、まさに象徴であるティク・ナット・ハンでさえ、ある人にかんかんに腹を立て、立ち上がって殴りつけたくなったほどだ。
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@2048
メタ苦悩はじつに不経済だ。
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@2055
誰かにほんとうに腹を立てていて、その怒りをマインドフルネスをもって調べてみたら、その怒りがずっと一定してはいないことがわかるだろう。怒りはたえず微妙に募ったり和らいだりしている。また、自分の心が自分に向かってひとつ、あるいは複数の話を繰り返し語ることで、たえずその怒りをあおっていることにも気づくかもしれない。そこで、そんな話をするのをやめれば、怒りは燃料不足で消えてなくなっていく。怒りの怪物は、あなたの怒りに満ちた話という餌を必要としている
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@2145
その人の立場に立って自分を眺めてみよう。そして、次のふたつのことを考えてほしい。   誰もが幸せになりたいと望んでいる。   この人は、このように振る舞うと何らかの形で幸せになれると考えている。
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@2263
不愉快な気持ちはいやだから、消えてなくなってほしいと思う。この嫌悪感の結果、私たちは思考を自分ではなく、相手や環境へと外に向ける。たとえば、傷つけられたように感じたときには、相手がなんとひどいのだろうということばかり考える。これはすべて、不愉快な情動を経験するのを避けたいからだ。ほとんどの人は、このプロセスをたいてい意識していない。
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@2374
快楽から生まれる幸せは、持続性が極端に低い。快楽を与えてくれる刺激がなくなったり、その快楽が習慣になったりすると、あなたの幸せは基本設定値に戻る。フローから生まれる幸せは、それよりずっと長続きするし、それが習慣になる可能性ははるかに低い。一方、崇高な目標から生まれる幸せは、持続性がとても高い。トニーの経験に基づくと(そして、これはまた私の経験でもあるのだが)、この種の幸せは回復力に富んでいて、じつに長く続きうる。その崇高な目標が利他的なものに由来するときはなおさらだ。
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@2380
多くの人が時間とエネルギーの大半を費やして快楽を追い、ときどきフローを楽しみ、たまに崇高な目標について考える。だがトニーの悟りに従えば、それと正反対のことをしていなくてはいけない。時間とエネルギーの大半を費やして崇高な目標に取り組み、ときどきフローを楽しみ、たまにロックスターのような快楽を味わうべきなのだ。少なくとも仕事に関しては、これが持続可能な幸せにつながる最も理にかなった道だ。
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@2385
自分が何を一番重視し、自分にとって何が最も有意義かを知っていれば、自分の崇高な目標を果たすために何に取り組めるかがわかる。そうなれば、自分の仕事は持続可能な幸せの源になりうる。そしてそのときには、私たちは仕事がとてもうまくなる。なにしろ、その仕事をするのが幸せだからだ。その結果、フローの幸せがしだいに頻繁に楽しめるようになる。
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@2411
一流のエンジニアの大半は、コンピューターのコードを趣味で書いている。だから、じつは彼らは趣味で時間を過ごしに職場にやって来て、給料をもらっているわけだ。
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@2461
好例がザッポス社の顧客サービスチームだ。彼らは自分たちのことを「ザッポス顧客忠誠チーム(ZCLT)」と呼んでいる。このチームのメンバーは、とても単純な指示を与えられる。顧客に対応すること、顧客の問題を解決すること、自分の望むやり方でやることというのがそれだ。この指示と、従業員のプロフェッショナルとしての成長に向けた注意、「幸せを届けること」という企業のモットーが相まって、ZCLTのメンバーの仕事に、自律と熟達と目標を注入している。
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@2504
マイケル・ジョーダンに言わせれば、「物事は、自分ができるようになる前に、自分にはできると期待しなければならない」。
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@2515
三〇代なかばだったある日、自分の死亡記事を書くというエクササイズをやった。
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@2709
自分がネガティブな経験へ偏っているのを自覚することだ。人生で成功のほうが失敗よりずっと多かった可能性は十分ある。いや、おそらくその可能性のほうが高い。それなのに、そうは思えないのは、失敗にばかり注意を向け、成功には注意を払わなすぎるからだ。これがわかっただけで、あなたが自分を見る目が変わる。
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@2804
島皮質は身体的な感覚を経験し、認識する能力とかかわっている。たとえば、とても活発な島皮質をもつ人は、自分の心臓の鼓動が意識できる。活発な島皮質をもつ人は、とても高い共感能力ももつ傾向がある
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@2826
自己認識を育む練習が、共感能力も同時に伸ばすことが多い
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@2859
GE(ゼネラルエレクトリック社)では、従業員に二年前から工場閉鎖を通知し、ほかの仕事を見つけられるように、徹底した再雇用斡旋を行なった。もう一方の企業は、一週間前になってようやく閉鎖を発表し、従業員の再就職はまったく支援しなかった。
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@2895
私たちは何かを考えると、そのような人間になるということだ。  この練習のやり方自体は単純だ。ある考えが心に頻繁に浮かぶように促すと、それが心の習慣になる。
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@2939
私たちがどれだけ社会的で、生き延びるためにはどれほど社会的でなければならないかを考えると、他人への優しさが本来、満足感を与えてくれるものであることも腑に落ちる。
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@2941
一日一回、親切な行為をし、それを一〇日続けるだけで、本人の幸せがはっきり増すことを示す研究さえあるほどだ( 9)。
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@3057
相手は人間だということをかならず念頭に置いて接するにかぎる。信頼を築くときには、私は認知的な脳のほうが扱いやすい。
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@3131
こんなふうに聞こえたんだけれど」と切り出して、自分の解釈が完全でなかったときには話し手にあなたを正す機会を与えることぐらいは覚えておこう。
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@3296
管理職の上位四分の一と下位四分の一をはっきり分ける要因がひとつ、ただひとつだけあった……その唯一の要因とは、 愛情
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@3454
人間の脳はかなりの資源を投入して視覚的な知覚を処理するので、視覚の知覚系を何であれ知的課題のために巧みに使えれば、理論上、脳の計算力を今よりずっと活用できるはずだ。
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@3569
ポジティブな情動とネガティブな情動を三対一の割合で経験すると、私たちはひとつの境界に達し、それを越えると、逆境にあって回復力が増し、かつては想像しかできなかったことが楽々と達成できるようになる(
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@3573
結婚生活が成功するためには、夫婦のあいだでポジティブなやりとりがネガティブなやりとりの少なくとも五倍必要である
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@3577
夫婦が一五分間の会話の中で見せるポジティブなやりとりとネガティブなやりとりの数を数えるだけで、結婚が一〇年以内に離婚に終わるかどうかを正確に予測できる
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@3625
他者が不公平なことをしていると感じたときに進んで自分の利益を損ねてまで相手を罰しようとするのが知られている動物は人間だけだ。ほかの霊長類も不公平を罰することは知られているが、自分の利益を損ねてまでそうはしない。
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@3680
会議の合間にイヴとポールはダライ・ラマのところに行き、いっしょに座って一〇分ほど話をした。会話のあいだずっと、ダライ・ラマはポールの手を握っていた。この一〇分がポールに計り知れない影響を与えた。
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@3690
善良さはとても強力なので、わずか一〇分経験するだけでも、ひとりの人間の人生が変わりうる。その経験が完全に主観的なものであったところで、それすら関係ない。
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@3755
私のプロジェクトの進み具合がはかばかしくないので上司が私と話をしたがっているときには、一番私の気に障るのは、会話の内容でも、私の不安感でもなく、自分の能力についての自己不信だ。つまり私は、「私は有能か?」というアイデンティティの問題に最も頭を悩ませる。コミュニケーションの名手はそれに気づいているので、アイデンティティの問題をかならず意識するようにし、適宜それに対処する。たとえば、私の上司はコミュニケーションが上手なので、会話の始めに私の能力に全幅の信頼を寄せていることを請け合い、ほんとうに理解したいのは、私があと何を必要としているかであることを、しっかり伝える。
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@3808
メールは送り手の情動的なコンテクストを認識するのに十分な情報を含んでいることがめったにないので、脳は、しばしばネガティブな偏りのある形で、欠けている情報を捏造し、それが真実だと無意識のうちに思い込む。
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@4036
みな、たえず人々のためにいっしょうけんめいに尽くすことについて、何であれごく自然なことをして楽しんでいるだけとしか考えていない。彼らは、自分たちが「怠け者」だと冗談を飛ばすこともある。私の知り合いのストレス過剰な企業経営者たちよりも忙しい場合が多いのだが。たとえば、ダライ・ラマはあれほど多忙なのにもかかわらず、「何もしていない」と言っていた。また、彼らはみなとても楽しそうにしている。
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@4041
私は悟った。「世界を救う」のは恐ろしいほど難しく、それには途方もない努力が必要なので、躍起になって「世界を救おう」とすると長続きしそうにない。
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