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Author:マイケル・サンデル、鬼澤 忍

Title:これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

Date:日曜日 12月 9, 2018, 154 highlights

@115
フロリダ州には便乗値上げを禁じる法律が
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@127
便乗値上げが非難されるのは「人びとが慣れている価格よりかなり高い場合」だという。しかし「人びとがたまたま慣れている価格のレベル」が道徳的に不可侵だなどということは
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@152
緊急事態では、切羽詰まった買い手に自由は
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@172
法外な値段が社会全体の幸福に資することはないと、彼らは主張する。高い価格のおかげで商品の供給が増えるというメリットがあるとしても、その価格では物を買えない人びとへの負担も考慮に入れなければなら
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@372
アメリカ人は、強欲よりも失敗に
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@412
壊滅的な損失の原因が圧倒的な経済の力にあるとすれば、それ以前の莫大な利益もそうした力のおかげだと言えるのではないだろうか。不作の年が悪天候のせいだとすれば、快晴の時期に生じた途方もない利益が、銀行家、トレーダー、ウォール街の経営者たちの才能、知恵、勤勉さのおかげだなどと、なぜ言えるのだろう
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@802
功利主義の最も目につく弱みは個人の権利を尊重しない
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@862
テロ容疑者の口を割らせる唯一の方法がその男の(父親の非道な活動を何も知らない)幼い娘を拷問することだとしよう。それは道徳的に許されるだろう
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@944
幹線道路交通安全局(NHTSA)は交通事故死のコストを計算した。将来の生産性の損失、医療費用、葬儀費用、犠牲者の苦痛を合計して、NHTSAは死者一人当たり二〇万ドルという数字をはじき出してい
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@956
高齢者の命を救うことによる効用は、もっと若い人の命を救う効用より少ないというの
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@972
制限速度の引き上げの便益の一つを通勤時間の短縮として定義し、節約された時間の経済的利益をはじき出すと(平均時給を二〇ドルとして計算した)、その節約額を増加した死者数で割った。すると、より速く運転する便利さのために、アメリカ人は事実上一人の命を一五四万ドルと評価していることがわかっ
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@977
費用便益分析の擁護者はこう指摘する。われわれは、時速五五マイルでなく六五マイルで運転することによって、暗黙のうちに命の価値を一五四万ドルと評価しているのだ
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@1030
最大幸福原理は人間の尊厳と個人の権利を十分に尊重していないというもの、二つ目は、道徳的に重要なすべてのことを快楽と苦痛という単一の尺度に還元するのは誤りだというものだっ
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@1062
ミルは考える。長いあいだには、個人の自由を尊重することが人間の幸福を最大化することにつながると言うのだ。非国教徒の口を封じ、無神論者を監視することを多数派に認めれば、効用はとりあえずは最大化するだろう。だが、長期的に見れば社会はきっと悪くなる──つまり幸福は減少
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@1072
社会の進歩のために個人の権利を尊重するのだとすれば、権利は偶然の産物だということになって
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@1085
知性や特性は、筋力と同じで、使うことによってしか鍛えられ
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@1088
しきたりに従えば、満足な人生を歩み、危険を遠ざけておけるかもしれないと、ミルは認めている。「だが、その人の人間としての価値はどうなるのだろう
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@1111
ある快楽がほかの快楽より質が高いとか、価値があるとか、高貴だとか、いったい誰に言えるだろうか?
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@1130
レンブラントの絵を鑑賞する人より闘犬を楽しむ人のほうが多い場合、美術館より闘犬場を助成すべきなのだろう
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@1180
満足した豚であるより不満足な人間であるほうがよく、満足した愚か者であるより不満足なソクラテスであるほうが
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@1218
私は私のものか?──リバタリアニズム(自由至上
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@1227
アメリカの金持ち上位一パーセントが国中の富の三分の一以上を保有し、その額は下位九〇パーセントの世帯の資産を合計した額より
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@1238
功利主義的論理は、きわめて過激な富の再分配を支持するところまで拡張できる。つまり、富裕者から貧困者へのお金の移転は、それをもらった者が助かる度合いと、取り上げられるビル・ゲイツの痛手が見合うところまで行なうべきだということになるの
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@1275
リバタリアンによれば、再分配のための課税は一つの形の強要であり、さらに言えば盗みで
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@1332
初期財産が公正な分配の結果なのか、不法に手に入れられたものなのかを判定することの難しさを認めている。現在分配されている所得や富が、数世代前の暴力、盗み、詐欺などによる土地や資産の不法な奪取をどの程度反映したものなのか、どうしたら知ることができるだろうか?
—-

@1368
働いて得た所得に対する課税は強制労働と同じで
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@1370
たとえば私の所得の三〇パーセントを取り上げる代わりに、私の時間の三〇パーセントを国家のための労働に費やすよう命じても同じなのだ。しかし、国家のために働くことを強制できるなら、国家は事実上私に対する所有権を主張していることに
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@1401
連邦議会がジョーダンにバスケットボール・コートへの復帰(シーズンの三分の一にしても)を強制することが許されないならば、バスケットボールをして手に入れる収入の三分の一を諦めるようジョーダンに強制できるのは、どんな権利によるのだろう
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@1424
透析療法に頼る患者が、私の腎臓の一つ(私が二つの健康な腎臓を持っているとして)を私自身よりも 必要 と し て いる からと言って、その患者が私の腎臓に権利があることにはなら
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@1461
ジョーダンが生まれながらの才能を持ち、バスケットボールの人気が高く高額な報酬を得られる時代に生きていることは、彼の手柄では
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@1463
その才能を生かして稼いだ金をすべて自分のものにする権利があるとは言いきれ
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@1499
アメリカでは、一つの腎臓の無償提供は認められるが、公開市場で売ることは許され
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@1501
毎年数千人が腎臓移植を待ちながら死ぬが、腎臓の自由な市場が存在すれば供給は増えるに違いないと
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@1523
買い手が村にやってきて農夫の二つ目の腎臓に高額な値段をつける。腎臓がなくなれば農夫は死ぬことになるが、二つ目の腎臓を売る自由を農夫に認めるべきだろう
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@1525
その農夫は一方の腎臓の持ち主ではあるが、もう一方の腎臓の持ち主ではないと考えるのは
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@1546
幇助自殺は、ケヴォーキアン博士の故郷であるミシガン州だけでなく、オレゴン州とワシントン州を除くすべての州で違法とされている。多くの国でも幇助自殺は禁止されていて、はっきりと許容している国はごくわずかである(最も有名な許容国は
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@1580
同意した成人間の食人は、自己所有権というリバタリアンの原理とそこから導かれる公正の概念に対し、究極の試練を
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@1598
彼らに言わせれば、市場の選択はつねに見た目ほど自由だとはかぎらないし、一部の物品や社会的な慣習は、金銭で売買されると腐敗したり悪化したり
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@1609
徴兵制は個人主義を重んじるアメリカの伝統に逆らっていたため、北軍の徴兵制はその伝統に対して大幅に譲歩した内容になっていた。徴兵されたが兵役に就きたくない者は、誰でも代わりの者を雇っていいとされていたの
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@1642
アンドリュー・カーネギーは、身代わりを見つけて相手に直接金を支払わなければならなかった。いっぽう現在は、アメリカ軍がイラクやアフガニスタンで戦う兵士を募集し、われわれ納税者が全員で兵士に金を払う。しかし、兵役に就きたくない人間が、自分たちの戦争のためにほかの人間を雇って戦わせ、彼らの生命を危機にさらしているという状況に変わりは
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@1710
おかしいはずだ。くじで選ばれた納税者の一団に、ハイウェイを修繕したり他人を雇ってその仕事をやらせたりするよう求めることで、ハイウェイの維持費を下げるべきだという話になって
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@1719
彼の選択が自由なものだとは必ずしも考えない。また、彼は部屋で寝るより橋の下で寝るほうが好きなのに違いないと想定するのは、まともでは
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@1725
背景となる社会状況についてもっと情報がないと、志願兵制が公平か不公平なのかを決めることはでき
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@1735
徴兵制と志願兵制の違いは強制か自由意思かという違いではない。双方の強制の仕方が違うのである──前者は法律の力によって、後者は経済的な圧力によって強制されるの
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@1761
ランゲルはイラク戦争に反対だった。政治家の子供がイラクで戦うという重荷を分かち合わざるをえなければ、そもそもイラク戦争は始まらなかったと信じて
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@1776
もちろん完全に平等な社会などない。したがって、労働市場で人びとが行なう選択には、つねに強制のリスクが
—-

@1796
徴兵制に対する功利主義的な反論は、陪審員の召喚にもそのまま
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@1797
陪審義務を廃止すればさらに
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@1799
陪審員制度に市場原理を導入して社会的な効用を増大させないのはなぜ
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@1804
それでも、陪審員を金で雇わずに召喚するのは、法廷で正義を執行する行為は、全国民が負うべき責任だとわれわれが考えているから
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@1912
フェデラル・エクスプレス社に料金を払って郵便を配達してもらうのと、ブラックウォーター社と契約して戦場に人殺しの武器を運ばせるのとでは、道義的な違いがあるのだろう
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@1974
金をもらっての妊娠と、金をもらっての精子提供とを比較し、男性が精子を売ることが認められている以上、女性が生殖能力を売ることも認められるべきだとしたの
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@2047
人間を商品、売り買いするための単なる物として扱うのは間違いだろう。人間は尊敬に値する存在であり、利用の対象ではないからだ。尊敬と利用は、評価方法としてまったく異なって
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@2059
金の力で生んだ子供との絆を放棄させることによって、女性をも貶めていると
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@2096
ヨーロッパでは商業的な代理出産を禁止している国が多い。アメリカでは、この行為を合法化している州は一〇州以上、禁止している州は一〇州あまりで、それ以外の州では法律上どちらかははっきりしない(
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@2122
代理出産全体にかかる総費用(医療費や弁護士費用を含む)は、一般的には七万五〇〇〇ドルから八万ドル
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@2125
二〇〇二年、インドは商業的な代理出産を合法化した。外国人顧客を惹きつけるのが狙い
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@2126
インド西部の町アナンドは、バンガロールがコールセンターの集積地になったように、もうすぐ商業的な代理出産の集積地になるだろ
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@2157
貧しい国々の計算ずくの政策としての──世界規模での商業的な代理出産産業の出現は、女性の体と生殖能力を道具扱いすることによって、代理出産が女性を貶めているという思いをさらに強くさ
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@2162
自由市場でわれわれが下す選択はどこまで自由なのかという
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@2163
市場では評価されなくても、金では買えない美徳やより高級なものは存在するのかという問題で
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@2178
自己所有の概念をつきつめていくと、熱狂的なリバタリアンしか信奉できないようなものが生まれる。落伍者を切り捨てる完全な自由市場、格差を減らし公益を推進するための施策をほとんど持たない小さな国家、本人の同意さえあれば、人間の尊厳をみずから傷つける行為(人肉食や奴隷売買)でさえ認める風潮など
—-

@2231
一時的な欲望から道徳原理を導きだそうとするのは、道徳の考え方として誤っているのだ。多くの人に喜びを与えるものが正しいものとは限ら
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@2254
ベンサムは正しかった。しかし半分だけだ。人間は快楽を好み、苦痛を嫌うという観察は正しかったが、快楽と苦痛が人間を支配している「主権者」だと主張したのは誤りだっ
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@2263
動物と同じように快楽を求め、苦痛を避けようとしているときの人間は、本当の意味では自由に行動してい
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@2269
好みはそもそも、自分が選んだものでは
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@2279
生物学的に決定されていようと、社会的に条件づけされていようと、そのような行動は完全には自由とはいえ
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@2306
他律的な決定だ。あることをするのは別の目的のためであり、その目的を実行するのはまた違う目的のためといったように延々と続いて
—-

@2327
「善意志は、それが及ぼす影響や達成するもののために善いのではない」とカントは説く。うまく行こうと行くまいと、善意志はそれ自体が
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@2347
店主のしたことは正しいが、その理由が正しくない。彼が子供と正直に取引した理由はただ一つ、自分の評判を保つためだからだ。店主が正直に振る舞ったのは、ひとえに私利のためであり、そのような行動に道徳的な価値は
—-

@2386
カントに言わせれば、思いやりからなされた善行は「どんなに正しく、どんなに感じがよかろうと」道徳的な価値に
—-

@2399
カントが重要だと言っているのは、善行が喜びをもたらすかどうかではなく、そうするのが正しいからという動機で善行をなすこと
—-

@2413
少年が真実を正直に告げた理由が、ひとえに罪の意識にかられたくなかったから、もしくは自分のミスが発覚したときに悪い評判がたつのを避けるためだったなら、真実を打ち明けた彼の行為に道徳的な価値はない。しかし、そうするのが正しいことだと知っていたから正直に告げたというなら、その行動に喜びや満足感が伴っていようといまいと、彼の行動には道徳的な価値が
—-

@2443
そもそも、それが自分の選んだ欲望でないなら、それを追求している自分をどうして自由だと言える
—-

@2453
われわれの行動を支配しているのが物理学の法則だけなら、われわれは前述したビリヤードの球と変わら
—-

@2546
人間性を究極目的として扱うというカントの考え方に従えば、殺人も自殺も違いは
—-

@2748
真実を述べることは、相手が誰であっても適用される正式の義務だ。たとえそれが本人や他者に対して、著しく不利な状況をもたらそう
—-

@2850
念入りにこしらえた言い逃れは、真実を告げるという義務に敬意を払って
—-

@2911
アメリカ人は、社会契約を結んだ経験が
—-

@2913
そう頼まれたことすらない。それなのになぜ、法に従う義務がある
—-

@2915
ジョン・ロックは言う。政府の恩恵を受けている者は、たとえハイウェイを走っているだけでも、暗黙のうちに法に同意し、それに拘束される(
—-

@2918
町を走り抜けるという行為が、実質的には憲法を承認することとそう変わらないのだと言われても、なかなかピンとはこないだろ
—-

@2919
イマヌエル・カントは、仮説上の同意という論理を編み出し、国民全体が同意しうるものなら、その法は公正だと考え
—-

@2924
正義とは何かを考えるためには、平等の初期状況において人びとがどのような原理に同意するかを問う必要があると述べて
—-

@2943
ロールズはまず、功利主義的な原理が選ばれることはないと推論する。無知のベールをかぶっている人はみな、「自分は抑圧された少数派かもしれない」と考えて
—-

@2947
もしかしたらビル・ゲイツになれるかもしれない。でもホームレスになる可能性もある。ならば底辺層を切り捨てるシステムは避けたほうが
—-

@2984
はロブスターを堪能したが、代金を支払うのを拒む。私には代金を払う義務があるとあなたは言う。理由をたずねると、あなたは最初の同意を引き合いに出す。私が得た利益にも言及するかもしれない。私には、あなたのおかげで得た利益に報いる義務があるというわけ
—-

@2987
再び同じ取引を結んだとしよう。あなたはロブスターを捕獲して私の家に運んだが、私は気が変わったのでいらないと言う。それでもあなたは代金を回収しようとするが、私は「金を払う義務はない。今回は何の利益も得ていないのだから」と
—-

@2992
私が何の利益も得ておらず、相手も私のために何もしていない――つまり道徳的な圧力がいっさいなくても、同意したという事実だけで義務が発生することはあるのかを考えてみよ
—-

@2997
法律家たちは、この問いを長年議論してきた。同意だけで義務は発生するのか、それとも利益や信用といった要因が別に必要
—-

@3004
現実には、これらの理想(自律と互恵性)はなかなか実現しない。自発的に結ばれた契約でも不公平なものはある。そのいっぽうで契約はなくても、互恵性の観点から、相手から得た利益に報いる義務が発生する場合もある。これは同意の道徳的限界を示している。同意があっても道徳的拘束力を有する義務が発生しない場合もあれば、同意がなくても道徳的拘束力を有する義務が発生する場合も
—-

@3021
契約至上主義者でもないかぎり、トイレ修理に五万ドルを請求するのは、どう考えても不公平だと思うだろ
—-

@3023
同意したという事実だけでは同意の公平性は保証されないということ、もう一つは、同意を得ただけでは道徳的拘束力は発生しないということ
—-

@3108
同意したという事実だけで、その同意は公平だと言い切ることは不可能だ。実際の契約が、それ自体として道徳の道具になりえないのはそのためである。どんな契約も、「同意内容は公平か」を問う余地が
—-

@3115
無知のベールがかかっている状態では、原初状態の前提となる力と知識の平等が実現さ
—-

@3148
ロールズにとって考える価値のある問題とは、ゲイツの富は、最も不遇な人びとの利益に資するような仕組みから生まれたものかどうか
—-

@3152
原初状態では格差原理が選ばれる、という前提そのものを疑問視する声もある。無知のベールをかぶっている人びとが賭けに出ないとどうしてわかる
—-

@3174
誰でも競争に参加できるのはよいことだが、そもそもスタート地点が違っているなら、その競争は公平とは言えない。だからこそロールズは、機会の形式的平等のみが保証されている自由市場に、所得と富の分配を委ねるのは公正ではないと主張しているの
—-

@3208
カート・ヴォネガットは、この懸念を『ハリスン・バージロン』という陰鬱なSF短編に仕立てた。この物語は次のように始まる。「時は二〇八一年、ついに全人類が平等になっ
—-

@3212
平均以上の知性を持つ市民は、両耳に思考ハンディキャップ・ラジオを装着しなければならない。ラジオには政府の送信機から約二〇秒ごとに強烈な雑音が送られ、彼らが「優秀な頭脳を使って他者を出し抜く( 15)」ことを防いで
—-

@3233
格差原理とは、いわば個人に分配された天賦の才を全体の資産と見なし、それらの才能が生みだした利益を分かち合うことに関する
—-

@3272
ロールズは、努力すら恵まれた育ちの産物だと言う。「一般的な意味での報酬を得るために努力し、挑戦しようとする姿勢でさえ、幸福な家庭と社会環境に依存する( 18)」。その他の成功要因と同様に、努力も自分ではどうにもできない偶然性の影響を
—-

@3283
心理学者によれば、生まれ順は本人の勤勉さや地道に努力する傾向に影響を与えると
—-

@3284
長子は第二子以下の子供よりも労働意欲が高く、稼ぎも多く、一般的な意味での成功を収める確率が高いとさ
—-

@3297
マイケル・ジョーダンを例に考えてみよう。確かに彼は練習に打ち込んだが、彼より能力のない選手たちはもっと練習した。だが練習量を理由に、彼らにはジョーダンより高い契約料を得る資格があると主張する人はいないだろう。実力主義の支持者たちは努力を称賛するが、彼らが報酬に値すると考えているのは、実は貢献度や達成度なの
—-

@3361
成功している人びとは、自分の成功がこうした偶然性の影響を受けていることを見逃しがち
—-

@3375
自分の才能から利益を得る権利を与えられているからと言って、自分の得意分野が評価してもらえる社会にいることを当然と思うのは誤りであり、うぬぼれでもあるの
—-

@3394
実力主義の社会ではほとんどの人が、世俗的な成功と自分の価値を同一視しているからだろ
—-

@3435
テキサス大学ロースクールはアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)を採用しており、マイノリティの出願者を優遇していたの
—-

@3470
黒人とヒスパニックの学生は、経済的階級で補正してもなお、標準テストの点数が白人学生よりも総じて低いとする調査結果が
—-

@3480
補償論は、アファーマティブ・アクションを過去の過失の賠償と
—-

@3484
補償論は厳しい反論につきあたる。この措置の恩恵に浴すのは必ずしもかつて虐げられた人びとではないし、補償する側が、過去の過ちに責任を負っている人びとであることもほとんどないという批判
—-

@3489
もしアファーマティブ・アクションの目的が、不利な立場に置かれている人びとを援助することなら、人種ではなく階級を基準にするべきだという批判も
—-

@3490
人種優遇措置の目的が奴隷制や隔離政策といった歴史上の不正を補償することなら、不正にまったく関与していないホップウッドのような人びとに犠牲を強いることが、どうして公平だと言えるだろ
—-

@3493
この反論に補償論が答えられるかどうかは、共同責任というとらえにくい概念にかかっている。前の世代が犯した過ちを償う道徳的責任が、はたして現代のわれわれにある
—-

@3502
多様性論の支持者が旗印としているのは、共通善――学校だけでなく、社会全体の共通善だ。第一に、校内にはさまざまな人種の学生がいることが望ましいとさ
—-

@3528
人種優遇措置をとっても社会の多元性が高まるわけではないし、偏見や不平等が減るわけでもない。むしろマイノリティ学生の自尊心は傷つき、あらゆる場面で人種意識が高揚し、人種間の緊張が高まり、白人のさまざまな民族集団が自分たちにも機会が与えられるべきだと反発するだろ
—-

@3551
学業に関する尺度のみで審査される権利なのだろ
—-

@3554
だがドゥウォーキンが指摘しているように、そのような権利は存在し
—-

@3563
根源的だが賛否のわかれる主張がある。それは、入学許可は学生の能力や徳に報いるための名誉ではない、というもの
—-

@3602
擁護論が主張しているように、大学にはみずから定めた使命を追求するために、選考基準を自由に設定する権利があるなら、人種差別的な排他主義やユダヤ人の入学制限を非難することはできないのではない
—-

@3615
ロースクールは、ホップウッドが劣っているとか、彼女の代わりに合格したマイノリティの学生は彼女よりも優遇される価値があると言っているわけではない。単に、同校の教育目的にとっては、教室や法廷において人種と民族の多様性を確保することが有用であると言っているだけ
—-

@3644
もし多様性を確保することが共通善の役に立つなら、そして嫌悪や侮蔑によって差別される人がひとりもいないなら、人種の優遇は誰の権利も侵害しない。なぜか。道徳的功績に関するロールズの意見に従うなら、公営住宅への入居や大学への入学資格は、個人がみずから定義する能力に基づいて認められるものではないからだ。どの能力が高く評価されるかは、公営住宅の管理者や大学の理事が定める使命によって決まるので
—-

@3652
ロールズが指摘しているように、「自分が才能に恵まれ、社会で有利なスタートを切ることのできる場所に生まれたのは、自分にその価値があるからだと言える人はいない」。われわれがたまたま、自分の強みを高く評価してくれる社会に生きているのも、われわれの手柄ではない。それを決めるのは運であって、個人の徳では
—-

@3656
やチャンスを得るのは、それに値する人だけだという信念は根深い。アメリカでは特にそうだろ
—-

@3661
この根強い思い込み――成功は徳への見返りであるという信念は、単なる思い違いであり、われわれを呪縛している神話なのかもしれ
—-

@3713
大学が「発展的合格者」と呼ぶものについて考えてみよう。これは卒業生の子女ではないが、親が裕福で、大学にかなりの寄附をもたらす可能性のある出願者を指す。学業成績やテストの出来が通常の合格基準に達していなくても、この手の学生を合格させている大学は多い。この発想を押し進めて、大学が新入生枠の一〇パーセントを競売にかけ、高値をつけた者を合格させることにしたと仮定しよ
—-

@3719
能力に対するドゥウォーキンの柔軟な定義に従うなら、新しい大学図書館に一〇〇〇万ドルを寄附するために合格通知を手にした学生には、能力がある。その学生が入学することが、大学全体の善に役立つから
—-

@3767
チアリーダーとしての資格を認められるためには、要求どおり規定演技ができなければならないのだろうか。それとも、体が不自由な彼女にとって、この要求は不公平なのだろう
—-

@3784
父親の反感は、コーリーが本人の値しない名誉に浴し、それが娘のチアリーディングの技量に対する彼の誇りを傷つけていることから生じている。優れたチアリーディングが車椅子の上でできるとすれば、宙返りや開脚が上手なチアリーダーの名誉の価値が減じて
—-

@3829
たとえば、笛を配るとしよう。最もよい笛をもらうべきなのは誰だろうか。アリストテレスの答えは、笛を最も上手に吹く人
—-

@3847
最もよい笛が最もよい笛吹きに与えられるべきなのは、笛は その ため に――うまく演奏されるために――存在するからだ。
—-

@3867
ストラディヴァリウスのヴァイオリンが売りに出され、富豪のコレクターがヴァイオリニストのイツァーク・パールマンより高値をつけたとしよう。コレクターはそのヴァイオリンを居間に飾りたいのだ。これは一種の損失であり、不正だとさえみなせるのではないだろうか――
—-

@3870
こうした反応の裏にあるのは、ストラディヴァリウスは演奏されるものであって、装飾品ではないという(目的論的な)考え方かもしれない。
—-

@3932
アリストテレスの指摘によれば、分配の正義の論理はすべて差別的だ。問題は、どの差別が正義かである。
—-

@3962
民主制」という言葉を、アリストテレスは、われわれにとっての多数決主義と同じ意味で使っている。
—-

@4134
アリストテレスによれば、奴隷制が正当であるためには、二つの条件を満たさなければならない。必要かつ自然でなければならないというのだ。
—-

@4319
国家は歴史上の過ちを謝罪すべきだろうか?
—-

@4507
自分を束縛する唯一の道徳的責務を決めるのは自分自身であるという、人間の自由についての独善的な考え方も見て
—-

@4517
みずから選ばなかった道徳的束縛にはとらわれないと考えるなら、われわれが一般に認め、重んじてさえいる一連の道徳的・政治的責務の意義がわからなく
—-

@4577
自己は社会的・歴史的役割や立場から切り離せる」という誤った前提に立って
—-

@4634
親にはわが子の幸せに対する特別な責任があるという考え
—-

@4715
国境の持つ道徳的意義は何だろう
—-

@4756
より困窮しているメキシコ人に職を与えるのを拒んでまで、同胞のなかで最も立場の弱い労働者を守るべきだという理由はどこにあるのだろう
—-

@4758
最も恵まれない人々を助けるという観点からすれば、移民に門戸を開くという政策にも一理ある。とはいえ、平等主義に共鳴する人々も、それを支持するのは躊躇する( 52)。この躊躇には道徳的根拠があるだろうか? そう、確かにある。だがそれは、共同生活と共有する歴史ゆえにわれわれが同胞の福祉に対して特別の責務を負うと認める場合に
—-

@4819
海外旅行中のアメリカ人は、アメリカ人旅行客の無作法な振る舞いに出くわすと、たとえ相手と面識はなくとも恥ずかしいと感じる。相手がアメリカ人以外なら、同じ振る舞いをみっともないとは感じても、それを恥ずかしいとは感じ
—-

@4826
われわれが個人として、みずからの選択と行動にしか責任がないと言い張れば、自国の歴史と伝統に誇りを持ちにくく
—-

@4831
自国の物語を現在まで引き継ぎ、それに伴う道徳的重荷を取り除く責任を認める気がないならば、国とその過去に本当に誇りを持つことはでき
—-

@4946
われわれは、選択とは無関係な理由で連帯や成員の責務を負うことが
—-

@5269
仮に、自発的に結ばれたあらゆる親密な関係の道徳的価値について行政府が真に中立的だとすれば、国や州には、結婚を二人に限る根拠がなくなる。合意による一夫多妻あるいは一妻多夫も認め
—-

@5345
不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。  所得、権力、機会などの分配の仕方を、それ一つですべて正当化できるような原理あるいは手続きを、つい探したくなるもの
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@5375
GNPには子供の健康、教育の質、遊びの喜びの向上は関係しない。詩の美しさ、結婚の強さ、市民の論争の知性、公務員の品位は含まれない。われわれの機知も勇気も、知恵も学識も、思いやりも国への献身も、評価されない。要するに、GNPが評価するのは、生き甲斐のある人生をつくるもの以外のすべて
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@5416
現代の最も驚くべき傾向に数えられるのが、市場の拡大と、以前は市場以外の基準に従っていた生活領域における市場指向の論法の拡大
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@5458
功利や合意に及ぼす影響とはまったく別に、不平等は市民道徳をむしばむおそれが
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